3.実証分析
 この節では、前節で示した民間金融、公的金融の行動モデルの実証分析を行う。ここでは、データの制約もあるため、民間金融を1つの金融機関として取り扱うが、定性的な分析には大きな影響はないと考えてよいであろう。井上・夏井・宮原(1995)の実証結果にしたがい、費用関数を二次関数で近似できるとすれば、(4)、(7)式のそれぞれの利子率と貸出量の関係は、次のように表現できる。

民間金融 r = (1−η)-1{α−ηv+ρ+βL+(1−q)v}  (8)
公的金融 r = α + β/2*L + γ/L + ρp + (1−q)v  (9)

 この2本の式に基づいて、公的金融と民間金融の、モデルの妥当性を吟味する。

・使用した変数

公的金融機関

 公的金融機関のうち、貸出業務を行っている政府系金融機関は、2銀行9公庫あるが、そのなかから、住宅金融公庫や農林漁業金融公庫など、政策的に決定された低利の特別金利が貸出の中心で、しかもその変動がきわめて少ない機関を除き、日本開発銀行(以下開銀)、北海道東北開発公庫(以下北東公庫)、国民金融公庫(以下国民公庫)、中小企業金融公庫(以下中小公庫)の4機関を選んで以下の推定を行った。  なお、パネル分析においては、公的金融を大企業向け金融機関(開銀+北東公庫)と、中小企業向け金融機関(国民公庫+中小公庫)の2機関として推定を行った。


民間金融機関

 全国銀行(都市銀行、長期信用銀行、信託銀行、地方銀行、第2地方銀行の合計)を民間金融機関として推定した。

貸出残高(L)

 公的金融については、開銀、北東公庫、国民公庫、中小公庫の年度データ(年度末合計残高)、民間金融機関については、全国銀行の年度末残高を用いた。


貸出金利(r)

 公的金融は、(新規)貸出基準金利を年度データとして加重平均して算出した。  民間金融は、ここでは新規貸出約定金利を用いるべきであるが、データが78年8月以降しか利用できないため、貸出約定平均金利・総合・全国銀行のデータで代用した。


調達金利(ρ)

 公的金融機関は、資金運用部から調達する際の財投金利を用いた。  民間金融機関については、代表的な調達金利として、コール・レート(有担保・翌日物(中心)平均)を用いた。


成功・失敗確率(q・(1−q))

 (1−q)として、1期前(前年度)の延滞率(延滞残高/貸出残高)を用いた。  延滞残高としては、公的金融機関については、会計検査院の決算検査報告の「弁済期限を6箇月以上経過した元金延滞額」、民間金融機関については、貸倒引当金残高を用いた。


FONT COLOR="#0000A0">将来の利益機会の期待割引現在価値(v)

 vは時間とともに変化すると思われ、vt=v(xt)、ここでは、v=a+bxとする。xは、名目GNP成長率を市場金利で除したものを用いた。市場金利に関しては、長期間にわたってその性格が変わっていないことが条件となることから、一般事業債最終利回り(電電債を除く事業債で電力・瓦斯を含む)を使用した。




・公的金融の推定結果(パネル)

 まず、公的金融について、(9)式をパネル推定してみた。(9)式においては、資金調達コストρの係数が1であること、Lおよび1/Lの係数が2次関数による費用関数の定式化と矛盾しないこと(いずれも正であること)が要求される。

 推定結果は表1-@に示されているが、β(L)、γ(1/L)ともに正となっており(t値はそれぞれ0.21、2.95)、費用関数の定式化と矛盾しないものといえる。ρの係数δについても、推定値が1.068、t値は20.18と高い数値となっている。

  r=α+β/2L+γ/L+δρ+(1-q)(a+bx)+Trend (9-@)

 また、ρの係数が1であることの検定、すなわちrとr−ρの式についてのF検定の結果、δ=1が棄却されないことを確認した(表1-A)。

  r−ρ=α+β/2L+γ/L+(1-q)(a+bx)+Trend (9-A)

 さらに、かつて財投金利が硬直的であったため、財投金利が機会費用を反映しなかった可能性があることから、被説明変数にコール・レートを加えた推定も行ってみた。

  r=α+β/2L+γ/L+δρ+(1-q)(a+bx)+cコール+Trend (9-B)

  r−ρ=α+β/2L+γ/L+(1-q)(a+bx)+cコール+Trend (9-C)

 推定結果は、表1-B、Cに示されているとおり、ρに加え、コール・レートの係数についても有意に正となったほか、β>0、γ>0、ρ=1の各条件を満たしており、@、Aとほぼ同様の結果となった。

 @〜Cいずれのケースについても、限界費用はプラスとなっており(α>0、β>0)、決定係数も良好な値をとっていることから、(9)式のパネル推定の結果は、ほぼモデルを支持するものとなっている。




・民間金融の推定結果(時系列)

 次に、民間金融については、期待利潤関数(2)式を、利潤最大化の条件のもとに解いて得られる(8)式の推計を行った。民間金融の利子率決定式(8)は、非線形制約が存在するため、パネル推定を行うことが困難である。ここでは、時系列データをもとに非線形推計を行った。

 推定結果は、表2に示されているが、非線形最小自乗法(NLLS)の結果をみると、ηの係数推定値は0.27となり、t値も正に有意であった。しかし、β(L)は正であったが、α(定数項)の符号は負となり、費用関数のパラメータとしては整合的でなく、また、有意性も低い。NLLS推定では、DW比が1.06であり、誤差項に正の系列相関が存在していると考えられる。

 そこで、最尤法(ML)による推計を試みた。その結果、ηの係数推定値は0.029

となり、t値は正に有意であった。費用関数に関するパラメータは、αが0.11、βが0.0022となり、αのt値は有意ではないものの、いずれのパラメータも符号条件は満たし、限界費用についてもプラスとなっている。

 以上の実証結果は、民間金融には有意性の低いパラメータはあるが、概ね、前節の行動モデルと整合的であるといえる。しかしながら、データ数の絶対的な不足と、おそらくそのことに起因するいくつかのパラメータの有意性の低さから考えて、実証結果に対する留保が必要であることは言うまでもない。しかし、公的金融に対する実証結果は、井上・夏井・宮原(1995)とも整合的であり、モデルをある程度支持する根拠と考えてよいであろう。



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