郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ NO.1998-03

社会資本の生産力効果と最適水準

井上 徹 *
宮原勝一 **
深沼 光 *** 

1998. 4.15




* 郵政省郵政研究所特別研究官(横浜国立大学経営学部助教授)
** 郵政省郵政研究所客員研究官(神奈川大学経済学部専任講師)
*** 郵政省郵政研究所第二経営経済研究部研究官





社会資本の生産力効果と最適水準

横浜国立大学・郵政研究所 井上 徹
神奈川大学・郵政研究所 宮原 勝一
郵政研究所 深沼 光



 社会資本ストックの生産力効果をめぐっては、Aschauer(1989)以降、米国や日本で数多くの推計がなされている。これらの多くは、コブ・ダグラス型の生産関数を推計し、GDPの社会資本に対する弾力性、あるいは、社会資本の限界生産性の計測を行っている。しかしながら、コブ・ダグラス型の生産関数を用いた場合、社会資本が民間資本の限界生産性に与える効果に強い制約がおかれるという問題が出てくる。  そこで、本稿では、トランス・ログ型の生産関数を推計することにより、社会資本の限界生産性と、社会資本が民間の生産要素の限界生産性に与える効果を検証した。さらに、生産関数で得られたパラメータをもとに社会資本の社会的割引率を計算し、それを限界生産性と比較することによって、現実の社会資本が過少であるかあるいは過剰であるかを明らかにした。  実際の推計は、以下のような生産関数(a)式と、短期的に可変的な生産要素である労働のシェア関数(b)式との同時推定を行った。
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一方、社会的割引率は、根本(1994)により、社会資本整備のためのファイナンスと社会資本の生産力効果を考慮した以下の(c)式により求めた。

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生産関数の推計では、単純な符号条件はすべて満たした結果が得られるとともに、社会資本が増えると民間部門の生産性が高まることが示された。また、社会資本の限界生産性と社会的割引率のとの比較では、推計期間を通して前者が後者を上回っており、社会資本は過少であるという結果が得られた。しかしながら、限界生産性のレベルは、推定されたパラメータの値に極めて敏感であり、慎重な解釈が必要である。ただし、社会的割引率との比較においては、社会的割引率の計算も生産関数のパラメータを用いているため、相対的な関係は信頼できると考えられる。


The Marginal Productivity and the Social Discount Rate of Public Capital in Japan : A Estimation with Revised Data

Recently, the public investment in Japan has become a target of public criticism. It is true that there are many inefficient or redundant public investment projects in Japan. However, it doesn't mean overinvestment in public capital as a whole. The principle of public investment is simple. If the marginal productivity of public capital exceeds the social discount rate, the increase of public capital will improve the social welfare.
In this paper, we estimate the marginal productivity and the social discount rate using revised Japanese Public Capital Stock data by EPA. We extend the sample period to 1993. Taking into account the complementarity or substitutability between public capital and private capital, we adopt the following social discount rate proposed by Burgess(1988) and Nemoto(1994). 

Empirical results with trans-log production function satisfies the theoretical sign conditions and the necessary condition for complimentarity. It also suggest that the marginal productivity of public capital has been higher than the social discount rate during 1975-1993 though there are obviously inefficient investments.
This implies that the public investment in Japan has two problems. The first is that the total supply of public capital has been suboptimal. The second, the allocation of public investment is inefficient. The cost-benefit analysis should be applied to public investment both at macro-point of view and at micro-point of view to resolve these problems. 




1.はじめに


 社会資本の整備は、公的部門が果たすべき重要な役割の一つである。日本の公的部門の活動は、近年、さまざまな議論の対象となっているが、社会資本も例外ではない。同時に、日本の社会資本供給に関する多くの実証研究が、精力的に展開されている。それらの研究における主要な関心は、社会資本の供給が適正な水準にあるかどうか、という問題であり、具体的には、社会資本の限界生産性と、社会資本に対する社会的割引率を推定し、その比較によって、社会資本が過剰であるか、過少であるかを判定するのが、代表的な手法である。この手法の背後にある規範は、公的部門の活動全般を評価する場合の一般的な規範であり、公的部門は、常に、その活動によって生じる社会的便益や収益率と、社会的費用・割引率の関係を意識すべきであることは、自明のことである。  本論文も、同様な問題意識と手法によって、日本の社会資本の限界生産性と、社会資本供給の水準について考察することを目的としている。
 本論文の特色は、次の3点である。
 第一に、これまで利用できなかった1993年度までの社会資本ストック・データを用いていることである1)。
 第二に、生産関数の定式化として、トランス・ログ生産関数を用いており、社会資本ストックと民間資本ストックの代替・補完関係を、より明確に分析し、社会資本の限界生産性と社会的割引率の推計に用いていることである。
第三に、社会的割引率の定式化として、社会資本供給のための資金を国債によってファイナンスすることから生じるクラウディング・アウト効果、社会資本と民間資本の代替補完関係、及び、それぞれの資本ストックの物理的減耗率を考慮した根本(1994)による社会的割引率を用いている点である。  このようなデータと手法から得られた主要な実証結果は、次の2点である。  まず、社会資本ストックは、民間資本ストックと補完的な関係にあった可能性が高く、また社会資本の限界生産性の推定値は、かなり高い水準であった。  次に、社会資本が民間資本の限界生産性を高める効果を勘案して社会的割引率を推計し、比較を行った結果、社会資本の限界生産性は、社会的割引率の上限を、ほぼ全期間において上回っており、日本全体としてみた場合の社会資本の供給は、過少であったことが示唆されている。
 以上の結果の前半部分は、その数値自体は別として、直観に合致するものである。社会資本ストックの具体的な内容は、道路、鉄道、空港、港湾設備、上下水道、治山治水などであり、例えば、社会資本によって整備されている交通網が、民間企業の生産活動に寄与していない、とは考えられないし、また、その生産力効果はかなり高いものであろう。しかし、後半部分の社会的割引率との関係は、幾分かの留保を必要とするものであろう。なぜなら、最近よく取り上げられることであるが、明らかに失敗であるか、あるいは非常に社会的な貢献が低いと思われる公共投資の例は、数多く存在するからである。しかし、その一方で、例えば、大都市圏における生活関連社会資本、住宅、道路といった分野では、必要とされるものが十分に供給されていない。したがって、後半部分の結果は、現在の社会資本供給水準を単純に過少とするものではなく、冗長な公共投資が存在する一方で、真に必要とされる社会的貢献の高い社会資本がより不足していることを反映している、と解釈することも可能である。
 本論文の構成は、以下の通りである。第2節では、社会資本ストックと社会的割引率に関する理論的サーベイと、本論文で用いる社会的割引率を提示する。第3節では、まず、これまでの内外における実証研究のサーベイを行う。第4節では、本論文で用いるデータについて明らかにするとともに、マクロ生産関数の推定を行う。さらに、その結果を用いて、社会資本の限界生産性と社会的割引率を推計し、その比較を行う。第5節は、まとめである。




2.社会資本ストックと社会的割引率

 社会的割引率に関する理論として、最初に挙げられるのは、Arrow・Kruz(1970)である。
Arrow・Kruz(1970)は、資本市場が完全であることを前提としたファーストベスト解で知られている。ファーストベストとは、政府が経済のあらゆる変数をコントロールできるときに達成される状態をさし、資本市場を攪乱する要因が存在しなければ、ファーストベストと同様の条件が成立する。そこでは、「社会的割引率=民間資本の収益率=社会的時間選好率」という関係が成立する。すなわち、社会的割引率は、民間資本の収益率または時間選好率によって与えられる。
 これに対し、資本市場に何らかの攪乱要因が存在し、民間資本の収益率と時間選好率との間に不一致が生じるような状態では、社会的割引率は上記のように定式化することはできない。このような状況で社会的割引率を議論するのが、セカンドベスト解である。セカンドベスト解に関する研究としては、Sandmo・Dreze(1971)が挙げられる。Sandmo・Dreze(1971)は、法人所得税によって「民間資本の収益率≠社会的時間選好率」となる状況を想定し、社会的割引率を(1)式のように定式化した。ただし、rは利子率、C1は今期の消費、Kは今期の民間投資、tは法人税である。

      (1)

 (1)式は民間資本と社会資本の生産力効果が独立であることを前提としている。すなわち、社会資本をいくら整備しても民間資本の生産性には全く影響を与えない世界である。これに対し、社会資本が民間資本の生産性に影響する状況を考慮し、さらに資本減耗の要素を加味したのが、Ogura・Yohe(1977)である。その定式化は、次の(2)式のとおりである。ここで、FKGは社会資本が増加したときの民間資本の限界生産性の変化を示す変数、FKKは民間資本が増加したときの民間資本の限界生産性の変化を示す変数である。また、μGは社会資本の減耗率、μKは民間資本の減耗率である。

    (2) 

 ただし、(2)式では、新たに利子率が一定という仮定が置かれている。すなわち、政府が国債発行等によって資本市場からいくら資金を調達しても、市場金利は変化しないことが前提となっている。そこで、Burgess(1988)は、政府の行動によって資本市場の需給関係が変化し、利子率が変わるものとして、(3)式を導いた。

(3)

根本(1994)では、これら各式を日本での実証研究に応用するにあたり、わが国経済の状況を最も的確に反映した定式化を検討している。  まず、厳しい前提条件が求められるファーストベスト解ではなく、セカンドベスト解を前提とするのが妥当であるとしている。そのうえで、Sandmo・Dreze(1971)の(1)式は、民間資本と社会資本の生産力効果が独立であるという点で、現実には則しにくいと判断している。さらに、利子率可変としたBurgess(1988)の(3)式の方が、利子率不変としたOgura・Yohe(1977)の(2)式より理論的には一般的であるとしている。ただ、Ogura・Yohe(1977)で定式化された資本減耗率を明示的に考慮することも欠かせないとも述べている。そして、最終的にはBurgess(1988)の(3)式に資本減耗率を付け加えた(4)式を採用している2)

    (4)

 根本(1994)の定式化は、社会資本の民間資本生産性への影響、社会資本整備による利子率の変化、社会資本や民間資本の減耗といった、わが国経済における社会資本の割引率を説明するために考えられる要素を全て含有しており、理論的に充分説得力のあるものである。したがって本稿では、以下、(4)式に基づいて、分析を進めていくものとする。






3.既存実証分析の概略

 理論に関する研究のみならず、社会資本整備が経済全体の生産性に実際にどのような効果をもたらしているのかについても、これまで米国や日本で数多くの研究がなされている。以下では、それら実証研究の概略を、米国、日本の順に紹介する3) 4)
 米国における社会資本の生産性に関する分析は、80年代後半以降盛んに行われてきた。表1は、それらをまとめたものである。まず、米国の全国データによる実証研究の代表的なものとしては、Holtz-Eakin(1988)、Aschauer(1989)、Munnel(1990a)などがあげられる。それぞれコブ・ダグラス型の生産関数による推計で、GDPの社会資本弾力性は0.3〜0.4と、社会資本の生産力効果を認めた結果になっている。
 次に、州別・地域別のデータを用いた分析には、Costa・Ellson・Martin(1987)、Einsner(1991)、Munnel(1990b)などがある。これらの推計におけるGDPの社会資本弾力性は、先の全国データによる推計結果より小さく、概ね0.1〜0.2となっている。この理由として、Munnel(1990b)では、ある地域における社会資本の整備が近隣の他地域にもプラスの効果をもたらしていること、すなわち生産力効果のスピルオーバーが発生している可能性を指摘している。
 これらの計測結果に対し、社会資本がGDPに影響すると同時にGDPも社会資本に影響するため同時方程式バイアスの可能性が考えられるのではないかといった、統計学的見地からの批判もなされた。これに対し、Duffy-Deno・Eberts(1991)では、連立方程式体系を利用して、この問題の解決を図っている。それによるとGDPの社会資本弾力性は0.08と、他の推計と比べてやや小さいものの、有意にプラスとなっている。
 以上の各研究は、すべて、社会資本に一定のプラスの生産力効果があることを肯定したものである。他方、社会資本の生産力効果を否定する研究結果もみられる。Holtz-Eakin(1994)では、米国の州別データを用いた分析で、GDPの社会資本弾力性は-0.12〜0.02でほぼゼロであると結論づけている。また、Evans・Karras(1994b)では、米国州別データで、社会資本ストックにフローの政府サービスを加味した生産関数を使用し、GDPの社会資本弾力性は-0.22〜-0.06と、概ねマイナスであるいう結果を導いている。もっとも、両者とも、社会資本には金額に置き換えられない直接的な効用があることを指摘しており、社会資本整備の必要性をすべて否定しているというわけではないことに注意する必要がある。  わが国における社会資本の生産性の計測は表2のとおりである。全国データを用いた代表的な研究としてあげられる三井・井上(1995)では、前述のAschauer(1989)などと同様の手法で、コブダグラス型の生産関数を用いて全国データによる社会資本の生産力効果を計測し、GDPの社会資本弾力性は米国のよりやや小さい0.248という結果を得ている。また、社会資本の限界生産性は70年代後半以降民間資本のそれを下回っているものの、その差は80年代には縮小しており、社会資本が民間資本に対して過剰になっている可能性は小さいことも指摘している。
 全国データを用いた推計には、このほかに岩本(1990)、宮脇・飛田(1991)、竹中・石川(1991)などがある。採用したデータの種類や推計期間、定式化の手法に違いはあるものの、GDPの社会資本弾力性は、それぞれ0.24、0.07、0.2となっており、社会資本がわが国経済の生産性向上に寄与しているとの計測結果が出ている。また、岩本(1990)、根本(1994)で計算された社会資本の社会的割引率の数値も、0.16〜0.39、0.09〜0.42と、社会資本の生産力効果を肯定するものとなっている。
 地域別データを用いた分析としては、まず三井・竹澤・河内(1995)があげられる。彼らは、都道府県別データを用いたコブダグラス型生産関数で推計を行った。ただし、他地域へのスピルオーバー効果を考慮した非線形変数を加えている。また、同時方程式バイアスの問題に対応するため、地域公共投資政策関数を定式化して、生産関数との同時方程式体系としても計測した。その結果、社会資本の限界生産性は各地域ともプラスであるという結論に達している。また、社会資本の限界生産性は大都市圏の方が地方圏より大きいため、経済の効率性を考えるならば大都市圏の社会資本を優先整備すべきであること、社会資本の生産力効果のスピルオーバーは存在するものの、地域内社会資本と比べたその効果は100キロメートル圏で5分の1、300キロメートル圏では40分の1であり、社会資本をある程度集中させた方が、効率的であることも指摘している。
 地域別データによる研究には、そのほかに浅子・坂本(1993)、吉野・中野(1994)、浅子他(1994)などがある。それらの結果も三井・竹澤・河内(1995)同様に、社会資本の生産性に関する寄与を、概ね認めたものとなっている。
 社会資本を部門別に分けた研究もみられる。三井・井上・竹澤(1995)では、社会資本を道路港湾など一般に産業基盤とされるコアインフラと、住宅、都市公園などコアインフラ以外の2つに分けた推計と、社会資本全体を20部門に分けた推計とを行った。その結果、コアインフラの生産力効果は認められるものの、コアインフラ以外の生産力効果はほぼゼロであった。20部門に分けた推計でもほぼ同様の結果が出ている。ただ、前述のHoltz-Eakin(1994)らと同様、コアインフラ以外の社会資本のなかには、国民の厚生を直接高めるものも多く含まれており、生産力効果のみでそれら社会資本の有用性を判断すべきではないことも、同時に指摘している。






4.マクロの生産関数の推計と社会的割引率の計測

4.1.使用データ
 今回の推計にあたり使用したデータは、以下の通りである。社会資本データは、1998年3月に経済企画庁が発表した1993年度までの推計データを使用しており、推計期間は、バブル期を含んだ1957年〜1993年となっている。

@生産物(Y) 民間部門の生産物としては、経済企画庁『国民経済計算年報』の実質国内総生産(実質GDP)を使用した5)。

A労働投入(L)  総務庁『労働力調査』の「就業者」数に、労働省『毎月勤労統計調査』の「総実労働時間数」を乗じたものを使用した。総実労働時間数は、事業所規模30人以上の産業別常用労働者月間労働時間のうち「製造業」を使用した。

B社会資本(G)  先般発表された経済企画庁総合計画局(1998)で推計されている社会資本ストックの総額を使用した。この推計で、1993年度までのデータが使用可能となった。ただし、日本電信電話公社は1984年度まで、国鉄は1986年度までのデータであり、1985年度以降のNTT、1987年度以降のJRは民間資本として計上している6)。

C社会資本の減耗率()  経済企画庁総合計画局(1998)にしたがい、20部門ごとの平均耐用年数を 、償却後資産額を10%、定率法で償却するものとして、以下のように求めた。

   (5)


D民間資本(K)  経済企画庁『民間企業資本ストック』の進捗ベースを使用した。これは、社会資本が支出ベースで推計されているためである。

E民間資本の減耗率()  根本(1994)と同様に、固定資本減耗(DP)、民間固定資本形成デフレータ(P1)、民間資本ストック(K)から、以下のように求めた。

   (6)


F実質金利(r)  実質金利は、銀行貸出約定平均金利(総合・全国銀行、年%)から、GDPデフレータの対前年伸び率(%)を差し引いたものを使用した。





4.2.推定モデル

 これまで、実証分析の多くは、生産関数をコブ・ダグラス型で定式化している。しかし、この場合、社会資本や民間資本の限界生産性は一定、また、両者の代替関係を仮定するといった強い制約がおかれる。その点、生産関数をトランス・ログ型で定式化した場合、社会資本と民間資本との代替あるいは補完関係は、係数推定値の符号によって明らかにされる。すなわち、社会資本の蓄積が民間資本の限界生産性に与える影響や、その効果を通じた生産への間接的な影響も計測することが可能となる。そこで、ここでは生産関数をトランス・ログ型で定式化した。ただし、資本ストックは短期的には不可変的な生産要素と仮定し、生産関数と短期的に可変的な生産要素である労働に関するシェア関数との同時推定を行った。なお、生産関数の推計に用いる資本は、全て前年度末値を使用することとする。推計式は以下のとおりである。

  
(7)
(8)

 また、社会資本の限界生産性は、(7)式、(8)式の推計結果から以下のように求められる。

     (9)

 社会的割引率は(2)式、(4)式を基に算出するが、@道路、港湾、空港、上下水道、公園、学校などといった社会資本は一般に耐用年数が長く、その減耗率 は民間資本の減耗率 と比べて小さいと考えられることから、実際に計測された社会資本の減耗率が民間資本の減耗率と比べて大きい場合には、民間資本の減耗率を使用する、Aオイル・ショックなどの急激な物価上昇により、インフレ率が金利を上回る場合には実質金利rは先験的に0.05%とする、という二つの修正を施すこととする。これは、いずれも社会的割引率を計測するうえで、下方バイアスが生じないための処理であり、社会資本の限界生産性との対比においてより厳しい条件を付加することを意味する。また、社会的割引率の計測に(4)式を用いる場合には、今期の消費に対する利子率の補償された限界的効果 をどう評価するかということが問題となるが、ここでは、前述のBurgess(1988)のモデルに基づいて、 の観測可能な上限と下限を設定する。これらの修正を施した社会的割引率は、以下のとおりに示される。


4.3.生産関数の推計結果

使用したデータに関する単位根検定の結果は、表3のとおりである。単位根検定は、 Augmented Dickey-Fuller検定によった。その結果、実質GDP(Y)、社会資本(G)、民間資本(K)、労働(L)、労働分配率(SL)は、いずれも「単位根がある」という帰無仮説を棄却することができなかった。さらに各変数の一階の階差をとり同様の単位根検定を行った結果、実質GDP(Y)、社会資本(G)、民間資本(K)の三つ変数については、「単位根がある」という帰無仮説を棄却することができなかった7)。これらの結果から、単位根の影響を取り除くために推計式を修正8)する必要があるものの、生産関数の関数型を修正することによって、社会資本の限界生産性や社会的割引率の計測のうえで重要な情報が損なわれてしまう可能性があることから、このままの推計を行うこととした。ただし、推計された誤差項に関する単位根検定を行い誤差項の定常性を検定するとともに、全ての変数を一階の階差に置き換えた推計も行い推計結果の安定性を確認した。
 推計結果は、表4のとおりである。生産関数が満たすべき単純な符号条件は、全て満たされている。すなわち、各生産要素とも一次項が正、二次項が負となっており、限界生産性の逓減が捉えられている。また、 、 がともに正となっており、の必要条件を満たしている点は評価できる。これは、社会資本の増加が民間資本や労働の限界生産性を高めるという意味で、社会資本と民間資本および労働の補完関係を示す結果となっている。残差に関する単位根検定の結果では、単位根が検出されなかたことなどから、単位根の存在は推計結果にシリアスな影響を与えていないものを解釈される。また、差分型の推計でも(表5)、ほぼ同様の結果が得られた。 4.4.社会資本の限界生産性と社会的割引率  社会資本の限界生産性および社会的割引率の計測結果は、表6のとおりである。結果をみると、限界生産性は三井・井上(1995)と比較すると大きくなっている。生産関数をコブ・ダグラス型で推計した結果とトランス・ログ型で推計した結果を単純に比較することできないが、この結果は、トランス・ログ型で推計したことにより、社会資本の増加が民間資本や労働の限界生産性に与える影響を通じた、生産への間接的な効果が表れていることによるものと解釈される。一方、(2)式による の推計結果は、根本(1994)と同様に計測期間中全てで負の値となっている。したがって、 は、(11)式に基づいて を非負として計測した。社会資本の限界生産性と社会的割引率を比較すると、社会資本の限界生産性は、一貫して社会的割引率より大きい値となっている。これは、社会資本を全体としてみた場合、社会資本が過少であることを意味している。  以上をまとめると、生産関数の推計結果に関しては、各係数推定値の関係が、 、 となるための条件を満たしており、一定の信頼性をもった結果が得られた。また、計測された社会資本の限界生産性の大きさについて、それ自体が係数推定値に敏感であるため、信頼性を欠く部分も否定できない。事実、計測された限界生産性は、実感に合わず大きい部分がある。しかしながら、社会資本の限界生産性と割引率との関係については、いずれも同じ推計式から得られた係数推計値を使用して算出されているため、両者の相対的な関係は信頼できると考えられる。そこで得られた結論は、社会資本の限界生産性は割引率より大きく、社会資本全体としては過少である可能性が高いということである。





5.おわりに

 本論文では、1993年度まで延長された社会資本ストックのデータを用いて、マクロ生産関数の推定を行い、その推定結果を用いて、社会資本の限界生産性と社会的割引率を推計した。  第1節で述べたように、日本経済をマクロ的にみた場合、社会資本の増加が民間資本の限界生産性を高めることと、その限界生産性がかなり高いであろう、という結果は、直観に反するものではない。また、前節で述べたように、社会的割引率と限界生産性の相対的関係は、生産関数の推定に大きな問題がないならば、信頼できるものであろう。  この2つの結果が示すことは、しかし、社会資本を一括して扱い、マクロ的に見た場合、日本においては、社会資本が過少である可能性が高い、ということであり、全ての種類の社会資本が、日本のあらゆる場所で不足している、ということではない。全体として過少である、ということは、全ての部分が過少であるということではないのである。したがって、本論文が示した結果と、現実の社会資本の問題を有機的に結び付けるためには、少なくとも、部門別社会資本と、地域別社会資本の分析が不可欠である、と考えられる。  さらに、政策的に重要な問題は、冗長な公共投資と、必要とされる社会資本の不足が並存している、とすれば、それは、第1節で述べた公共部門の行動規範が徹底されていないことを意味する、ということである。社会的便益と費用という考え方が、社会資本には適用されるべきであり、それは、社会資本全体のマクロ的評価、部門別・地域別の評価はもちろん、ミクロ的な個別プロジェクトの評価に至るまで、例外なく適用されるべきである。


1)経済企画庁総合計画局による試算データが1998年3月に公表された。

2)根本(1994)では、高度成長期以前を含む日本経済を考えると、利子不変を前提とした方が好ましい可能性もあるとして、Ogura・Yohe(1977)の(2)式による推計も行っている。その結果、社会投資の最適割引率が負になったことから、利子不変の仮定が現実的ではないと結論づけている。

3)米国、日本の各研究とも、軍事(防衛)部門の社会資本は推計には加えていない。

4)米国と日本の社会資本に関する実証研究を評価する際には、以下の点を考慮する必要があろう。
  Munnel(1990b)によれば、1998年の米国の州政府と地方自治体の社会資本の内訳は、道路39.0%、建物・構造物(学校、病院等)29.9%、上下水道15.1%、などとなっている。ちなみに、米国における連邦政府の社会資本は、非軍事部門の社会資本全体の13.4%にすぎず、86.6%が州政府と地方自治体所有の社会資本である。
 一方、経済企画庁推計の1993年のデータによれば、わが国主要な社会資本の内訳は、道路22.2%、上下水道(工業用水道を含む)10.5%、農林漁業10.4%、文教10.2%などである。分類が異なるため直接の比較は難しいものの、その内容がかなり異なるものであるといえる。また、明確な統計はないものの、予算規模等を考慮すれば、わが国の社会資本に占める国の割合は、米国よりかなり大きいことも推測される。

5)社会資本の民間部門に限った生産物への影響を分析するという意味では、国内総生産のなかでも、特に「産業」として分類される系列も考えられるが、このデータは暦年のみしか公表されていない。後述するように、社会資本は年度データであることから、データの整合性を保つため、実質国内総生産の年度データを使用する。

6)三井・井上(1995)は、1985年度のNTT発足や1987年度のJR発足に関しては、資本の公共的な性格を考慮し、民営化後も投資額を含めた社会資本の系列を推計している。具体的には、両者のストック額の推移から時系列分析の手法により民営化以後のストック額を延長推計し、そのストック額を民間資本から控除する一方で、社会資本に加算している。

7)1985年度に日本電信電話公社が民営化されたことから、資本に関するデータの不連続性を考慮し、民営化以前まで推計期間とする単位根検定も行ったが、結果は同様であった。

8)例えば、共和分の存在を検定したうえで、エラー・コレクション・モデル(ECM)で推計を行うなど。

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経済企画庁総合計画局編(1998)『日本の社会資本−21世紀へのストック−』、東洋経済新報社

竹中平蔵・石川達哉(1991)「日本の社会資本ストックと供給サイド−430兆円公共投資のインプリケーション−」、ニッセイ基礎研究所『調査月報』6月号、P19-34

根本二郎(1994)「社会資本の最適水準」、奥野信宏・焼田党・八木匡編著『社会資本と経済発展』、名古屋大学出版会、P59-77

宮脇淳・飛田英子(1991)「2001年にむけての社会資本ストックのあり方」、日本総合研究所『Japan Research Review』1月号、P6-31

三井清・井上純(1992)「社会資本の生産性に関する研究」、郵政研究所ディスカッションペーパーシリーズNo.1993-04

三井清・井上純(1995)「社会資本の生産力効果」、三井清・太田清編著『社会資本の生産性と公的金融』、日本評論社、P43-66

三井清・井上純・竹澤康子(1994)「部門別社会資本の生産性に与える影響」、郵政研究所ディスカッションペーパーシリーズNo.1993-21

三井清・井上純・竹澤康子(1995)「社会資本の部門別生産力効果」、三井清・太田清編著『社会資本の生産性と公的金融』、日本評論社、P155-172

三井清・竹澤康子・河内繁(1994a)「社会資本の地域間配分−生産関数と費用関数による推計」、郵政研究所ディスカッションペーパーシリーズNo.1993-20

三井清・竹澤康子・河内繁(1994b)「社会資本による民間資本のクラウディング・アウト効果とクラウディング・イン効果」、郵政研究所ディスカッションペーパーシリーズNo.1993-22

三井清・竹澤康子・河内繁(1995)「社会資本の地域間配分」、三井清・太田清編著『社会資本の生産性と公的金融』、日本評論社、P97-130

吉野直之・中野英夫(1994)「首都圏への公共投資配分」八田達夫編『東京一極集中の経済分析』、日本経済新聞社、P161-186

吉野直之・中野英夫(1996)「公共投資の地域配分と生産効果」、大蔵省財政金融研究所『フィナンシャル・レビュー』第41号、P16-26