郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズ NO.1998-03 |
社会資本の生産力効果と最適水準
井上 徹 * |
* 郵政省郵政研究所特別研究官(横浜国立大学経営学部助教授) ** 郵政省郵政研究所客員研究官(神奈川大学経済学部専任講師) *** 郵政省郵政研究所第二経営経済研究部研究官 |
横浜国立大学・郵政研究所 井上 徹 社会資本ストックの生産力効果をめぐっては、Aschauer(1989)以降、米国や日本で数多くの推計がなされている。これらの多くは、コブ・ダグラス型の生産関数を推計し、GDPの社会資本に対する弾力性、あるいは、社会資本の限界生産性の計測を行っている。しかしながら、コブ・ダグラス型の生産関数を用いた場合、社会資本が民間資本の限界生産性に与える効果に強い制約がおかれるという問題が出てくる。 そこで、本稿では、トランス・ログ型の生産関数を推計することにより、社会資本の限界生産性と、社会資本が民間の生産要素の限界生産性に与える効果を検証した。さらに、生産関数で得られたパラメータをもとに社会資本の社会的割引率を計算し、それを限界生産性と比較することによって、現実の社会資本が過少であるかあるいは過剰であるかを明らかにした。 実際の推計は、以下のような生産関数(a)式と、短期的に可変的な生産要素である労働のシェア関数(b)式との同時推定を行った。 一方、社会的割引率は、根本(1994)により、社会資本整備のためのファイナンスと社会資本の生産力効果を考慮した以下の(c)式により求めた。 生産関数の推計では、単純な符号条件はすべて満たした結果が得られるとともに、社会資本が増えると民間部門の生産性が高まることが示された。また、社会資本の限界生産性と社会的割引率のとの比較では、推計期間を通して前者が後者を上回っており、社会資本は過少であるという結果が得られた。しかしながら、限界生産性のレベルは、推定されたパラメータの値に極めて敏感であり、慎重な解釈が必要である。ただし、社会的割引率との比較においては、社会的割引率の計算も生産関数のパラメータを用いているため、相対的な関係は信頼できると考えられる。
Recently, the public investment in Japan has become a target of public criticism. It is true that there are many inefficient or redundant public investment projects in Japan. However, it doesn't mean overinvestment in public capital as a whole.
The principle of public investment is simple. If the marginal productivity of public capital exceeds the social discount rate, the increase of public capital will improve the social welfare.
Empirical results with trans-log production function satisfies the theoretical sign conditions and the necessary condition for complimentarity. It also suggest that the marginal productivity of public capital has been higher than the social discount rate during 1975-1993 though there are obviously inefficient investments.
社会的割引率に関する理論として、最初に挙げられるのは、Arrow・Kruz(1970)である。
(1)式は民間資本と社会資本の生産力効果が独立であることを前提としている。すなわち、社会資本をいくら整備しても民間資本の生産性には全く影響を与えない世界である。これに対し、社会資本が民間資本の生産性に影響する状況を考慮し、さらに資本減耗の要素を加味したのが、Ogura・Yohe(1977)である。その定式化は、次の(2)式のとおりである。ここで、FKGは社会資本が増加したときの民間資本の限界生産性の変化を示す変数、FKKは民間資本が増加したときの民間資本の限界生産性の変化を示す変数である。また、μGは社会資本の減耗率、μKは民間資本の減耗率である。
ただし、(2)式では、新たに利子率が一定という仮定が置かれている。すなわち、政府が国債発行等によって資本市場からいくら資金を調達しても、市場金利は変化しないことが前提となっている。そこで、Burgess(1988)は、政府の行動によって資本市場の需給関係が変化し、利子率が変わるものとして、(3)式を導いた。
根本(1994)では、これら各式を日本での実証研究に応用するにあたり、わが国経済の状況を最も的確に反映した定式化を検討している。 まず、厳しい前提条件が求められるファーストベスト解ではなく、セカンドベスト解を前提とするのが妥当であるとしている。そのうえで、Sandmo・Dreze(1971)の(1)式は、民間資本と社会資本の生産力効果が独立であるという点で、現実には則しにくいと判断している。さらに、利子率可変としたBurgess(1988)の(3)式の方が、利子率不変としたOgura・Yohe(1977)の(2)式より理論的には一般的であるとしている。ただ、Ogura・Yohe(1977)で定式化された資本減耗率を明示的に考慮することも欠かせないとも述べている。そして、最終的にはBurgess(1988)の(3)式に資本減耗率を付け加えた(4)式を採用している2)。
根本(1994)の定式化は、社会資本の民間資本生産性への影響、社会資本整備による利子率の変化、社会資本や民間資本の減耗といった、わが国経済における社会資本の割引率を説明するために考えられる要素を全て含有しており、理論的に充分説得力のあるものである。したがって本稿では、以下、(4)式に基づいて、分析を進めていくものとする。
理論に関する研究のみならず、社会資本整備が経済全体の生産性に実際にどのような効果をもたらしているのかについても、これまで米国や日本で数多くの研究がなされている。以下では、それら実証研究の概略を、米国、日本の順に紹介する3) 4)。
D民間資本(K) 経済企画庁『民間企業資本ストック』の進捗ベースを使用した。これは、社会資本が支出ベースで推計されているためである。 E民間資本の減耗率() 根本(1994)と同様に、固定資本減耗(DP)、民間固定資本形成デフレータ(P1)、民間資本ストック(K)から、以下のように求めた。 F実質金利(r) 実質金利は、銀行貸出約定平均金利(総合・全国銀行、年%)から、GDPデフレータの対前年伸び率(%)を差し引いたものを使用した。
これまで、実証分析の多くは、生産関数をコブ・ダグラス型で定式化している。しかし、この場合、社会資本や民間資本の限界生産性は一定、また、両者の代替関係を仮定するといった強い制約がおかれる。その点、生産関数をトランス・ログ型で定式化した場合、社会資本と民間資本との代替あるいは補完関係は、係数推定値の符号によって明らかにされる。すなわち、社会資本の蓄積が民間資本の限界生産性に与える影響や、その効果を通じた生産への間接的な影響も計測することが可能となる。そこで、ここでは生産関数をトランス・ログ型で定式化した。ただし、資本ストックは短期的には不可変的な生産要素と仮定し、生産関数と短期的に可変的な生産要素である労働に関するシェア関数との同時推定を行った。なお、生産関数の推計に用いる資本は、全て前年度末値を使用することとする。推計式は以下のとおりである。
(7)
(8) また、社会資本の限界生産性は、(7)式、(8)式の推計結果から以下のように求められる。
社会的割引率は(2)式、(4)式を基に算出するが、@道路、港湾、空港、上下水道、公園、学校などといった社会資本は一般に耐用年数が長く、その減耗率 は民間資本の減耗率 と比べて小さいと考えられることから、実際に計測された社会資本の減耗率が民間資本の減耗率と比べて大きい場合には、民間資本の減耗率を使用する、Aオイル・ショックなどの急激な物価上昇により、インフレ率が金利を上回る場合には実質金利rは先験的に0.05%とする、という二つの修正を施すこととする。これは、いずれも社会的割引率を計測するうえで、下方バイアスが生じないための処理であり、社会資本の限界生産性との対比においてより厳しい条件を付加することを意味する。また、社会的割引率の計測に(4)式を用いる場合には、今期の消費に対する利子率の補償された限界的効果 をどう評価するかということが問題となるが、ここでは、前述のBurgess(1988)のモデルに基づいて、 の観測可能な上限と下限を設定する。これらの修正を施した社会的割引率は、以下のとおりに示される。
使用したデータに関する単位根検定の結果は、表3のとおりである。単位根検定は、 Augmented Dickey-Fuller検定によった。その結果、実質GDP(Y)、社会資本(G)、民間資本(K)、労働(L)、労働分配率(SL)は、いずれも「単位根がある」という帰無仮説を棄却することができなかった。さらに各変数の一階の階差をとり同様の単位根検定を行った結果、実質GDP(Y)、社会資本(G)、民間資本(K)の三つ変数については、「単位根がある」という帰無仮説を棄却することができなかった7)。これらの結果から、単位根の影響を取り除くために推計式を修正8)する必要があるものの、生産関数の関数型を修正することによって、社会資本の限界生産性や社会的割引率の計測のうえで重要な情報が損なわれてしまう可能性があることから、このままの推計を行うこととした。ただし、推計された誤差項に関する単位根検定を行い誤差項の定常性を検定するとともに、全ての変数を一階の階差に置き換えた推計も行い推計結果の安定性を確認した。
本論文では、1993年度まで延長された社会資本ストックのデータを用いて、マクロ生産関数の推定を行い、その推定結果を用いて、社会資本の限界生産性と社会的割引率を推計した。 第1節で述べたように、日本経済をマクロ的にみた場合、社会資本の増加が民間資本の限界生産性を高めることと、その限界生産性がかなり高いであろう、という結果は、直観に反するものではない。また、前節で述べたように、社会的割引率と限界生産性の相対的関係は、生産関数の推定に大きな問題がないならば、信頼できるものであろう。 この2つの結果が示すことは、しかし、社会資本を一括して扱い、マクロ的に見た場合、日本においては、社会資本が過少である可能性が高い、ということであり、全ての種類の社会資本が、日本のあらゆる場所で不足している、ということではない。全体として過少である、ということは、全ての部分が過少であるということではないのである。したがって、本論文が示した結果と、現実の社会資本の問題を有機的に結び付けるためには、少なくとも、部門別社会資本と、地域別社会資本の分析が不可欠である、と考えられる。 さらに、政策的に重要な問題は、冗長な公共投資と、必要とされる社会資本の不足が並存している、とすれば、それは、第1節で述べた公共部門の行動規範が徹底されていないことを意味する、ということである。社会的便益と費用という考え方が、社会資本には適用されるべきであり、それは、社会資本全体のマクロ的評価、部門別・地域別の評価はもちろん、ミクロ的な個別プロジェクトの評価に至るまで、例外なく適用されるべきである。
2)根本(1994)では、高度成長期以前を含む日本経済を考えると、利子不変を前提とした方が好ましい可能性もあるとして、Ogura・Yohe(1977)の(2)式による推計も行っている。その結果、社会投資の最適割引率が負になったことから、利子不変の仮定が現実的ではないと結論づけている。 3)米国、日本の各研究とも、軍事(防衛)部門の社会資本は推計には加えていない。
4)米国と日本の社会資本に関する実証研究を評価する際には、以下の点を考慮する必要があろう。 5)社会資本の民間部門に限った生産物への影響を分析するという意味では、国内総生産のなかでも、特に「産業」として分類される系列も考えられるが、このデータは暦年のみしか公表されていない。後述するように、社会資本は年度データであることから、データの整合性を保つため、実質国内総生産の年度データを使用する。 6)三井・井上(1995)は、1985年度のNTT発足や1987年度のJR発足に関しては、資本の公共的な性格を考慮し、民営化後も投資額を含めた社会資本の系列を推計している。具体的には、両者のストック額の推移から時系列分析の手法により民営化以後のストック額を延長推計し、そのストック額を民間資本から控除する一方で、社会資本に加算している。 7)1985年度に日本電信電話公社が民営化されたことから、資本に関するデータの不連続性を考慮し、民営化以前まで推計期間とする単位根検定も行ったが、結果は同様であった。 8)例えば、共和分の存在を検定したうえで、エラー・コレクション・モデル(ECM)で推計を行うなど。 参考文献
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