3 データと定式化

1) 就業形態の区分

 全消では、就業形態を就業,非就業,非就業(求職中)の3つに分けている。その上で就業している場合の勤務形態について雇用普通勤務,雇用パート勤務及び雇用されている人以外(非雇用)に区分している。
 全消から得られる就業と勤務状態に関する情報を利用して本論文では女性の雇用形態での就業区分を、@非就業(労働市場に参入しない),A 就業+パ-ト,または非就業+求職中,B就業+普通(以下「フルタイム」と言うことがある)、の3形態に分けて取り上げる(就業+非雇用の内容は農業や自営業である。雇用形態での就業とは性格を異にするとみられるので、本論文ではこのパタ−ンは取り上げない)。


  2) 対象サンプル

 女性の就業選択に関する理論的な要請やデータの信頼性確保、また高齢者と中青年層では労働市場の様相がかなり異なることから、以下のものに分析対象を限定した。
 @ 夫の所得が女性の就業の機会費用として影響することはつとに指摘されている。その影響をみるためには世帯員毎の収入を得る必要があるので、世帯員毎の収入の内訳を知ることができる勤労者世帯と無職世帯を取り上げる(言い換えれば自営業等の家計は取り上げない)。
 A 59歳以下の既婚女性のいる家計に限定する。60歳以上の既婚女性の労働市場はかなり限定されるであろうことに配慮するものである。また平均婚姻年齢の問題を考え、他の年齢階層と選好が異なるとみられる20歳未満の既婚女性も除いた。
 B 夫のいる家計に限定する。独身の場合は夫の所得の影響をみることができない他、単身等の場合と有配偶者の場合とでは行動がかなり異なるとみられるためである。
 C 可処分所得が非正、一人当たりの月額消費支出が25千円以下(都道府県別物価指数で基準化)の家計、住宅票の回答の無い家計、年齢に記載ミスのある家計は除いた。これらは回答の信頼性に疑問が残るからである。
 これらの結果用いたサンプル数は31,430である。

 
3) 先行研究と定式化

(最近の実証分析)
 最近の我が国における既婚女性の就業形態の多肢的選択に関する分析の先行研究をみてみる。
永瀬[1997a]、Nagase[1997]は雇用職業総合研究所の「1983年職業移動と経歴(女子)調査」を用いて、20-44歳の既婚女性の就業形態を分析している。そこでは就業形態を正社員、パ-ト、家族従業自営業、内職、非就業(基準)とに区分し、既婚女子就業の約3割を占める非雇用形態も取り上げている。説明変数としては夫の所得の他に、就業の時間コストに関連する祖母同居、祖父同居、未就学児数、子供数、人的資本の代理変数として教育年数、就業年数、夫婦間での非市場労働時間の調整とサ−チ費用をみるものとして夫自営業ダミ−、が取り上げられている。
 永瀬[1997b]は同一のデ−タを用いて短時間、長時間(更に正社員を細区分)した労働時間供給関数を推定している。そこでは説明変数として未就学児数、子供数、祖母同居、夫所得、祖父同居、夫自営業ダミ−の他に、就業継続志向、再就職志向、推定賃金、セレクション項を取り上げている。
 高山・有田[1992]は1984年の「全国消費実態調査」を用いて、59歳以下の勤労者世帯の既婚女子を対象に分析している。就業形態はフルタイム、パ-ト、無職(基準)に区分している2)。説明変数としては夫の所得の非線形効果をみるための夫年収*所得階層ダミ−の他、賃金構造基本統計調査より推計したパ-トタイム女子労働者の1時間当たり賃金率、母親同居、幼児ダミ−、遊学者・高校生・大学生ダミ−、住宅ロ−ンダミー、公務員ダミー、持ち家ダミー、2大都市圏ダミー、妻の年齢階層ダミーを用いている。
 大沢[1993]は1987年の「就業構造基本調査」から無作為に10%を抽出し、夫が有業の60歳未満の女性について分析している。就業形態を正規従業員、非正規従業員、働いていないに区分している。説明変数としては夫の収入の他、学歴(教育年数)、推定賃金3)、年齢、末子の年齢(6歳以下、7-14歳、15歳以上)、子供数、都市ダミ−を用いている4)。またそこでは正規就業と非正規就業について各説明変数のマ−ジナル効果も推計されている(ただし標準誤差は報告されていない)。

  (説明変数の取り上げ方)
 本論文でもこれらの先行研究を参考に、女性は年齢や夫の所得・他の世帯員の所得や資産、家族構成を所与として、就業形態による就業コストと市場賃金を比較して自己の効用を最大化するように就業形態を選択するものと考え、4)式と7)式の対数尤度関数を推計する。
 具体的には@保証所得、A女性の就業の固定費用に関連するとみられる家族構成、Bライフステ−ジ、Cマクロの経済情勢、を考慮して女性は就業形態を選択するとここでは考える5)。
 保証所得に関する説明変数としては夫の収入と他の世帯員(夫婦以外の者)の収入をまず取り上げる。金融資産、住宅ロ−ン、住宅ロ−ン以外の負債(消費者ロ−ン)、及び土地・建物の実物資産の評価額を併せて取り上げる。全消で年収の内訳を分析したところ、利子配当収入を回答したものは僅少であった。資産所得を直接取り上げる替わりに金融資産・負債を用いることにする。また金融資産・負債を用いることにより資産効果(Barzel and McDonald [1973]参照)や資産に対する選好と就業形態の関係(樋口[1980]、Shigeno and Matsuura[1998])を分析することが可能となる6)。なお収入や資産に関連する変数は都道府県別物価指数で実質化した。
 就業の固定費用に関連する説明変数としては、特に育児の負担が大きいであろう6歳以下(新生児を含む)の幼児の有無、家事の代行が期待できる母親の同居の有無を取り上げる(母親については介護等で家事負担を増大させる可能性もある)。また世帯の人員数を併せて取り上げる。ライフステ−ジに関連する説明変数としては妻の年齢とその二乗項を用いることにする。
 マクロの経済情勢、労働需給を表すものとしては、都道府県別鉱工業生産指数および都道府県別常用労働者の有効求人倍率(有効求職者数/有効求人者数)を取り上げる。労働需給の程度を示す失業率や有効求人倍率は、女子の就業に関しては付加的労働力効果と就業意欲喪失効果を同時に反映するので、そのネットの効果をみることになる。ただこの2の仮説が示すように就業(形態)選択自体がこれらの変数と相互に関連している可能性がある。そこで労働供給側の要因に影響されずにマクロの経済状況を反映すると見られる景況を示すIIPを併せて取り上げる。
 これらの記述統計量は表1に示すとおりである。

表1