4  IIAの検定と推計結果

1) IIAの検定

 推計結果は表2に掲げる通りである。σの値は0.17であり、σ≦ρ≦σ+0.045の条件を満たしているので、misspcificationの問題も無いようである(Hausman and McFadden[1984]参照)。またそのt値は0.57でありσ=0の帰無仮説は1%水準でも棄却されない。
 Multinominal LogitモデルとNested Logitモデルの尤度比検定の統計量も0.23である。尤度比検定においても1%水準(自由度1のχ2統計量は6.63、なお10%水準では2.71)でIIAが成立するという帰無仮説は採択される。σ=0の帰無仮説の検定と尤度比検定の結果では共に有配偶者の女性の就業選択は、フルタイム、パ-ト・求職、非就業は並列して行われている。従って計量の方法論の観点からはMultinominal Logitモデルによることになる7)8)。

表2



 
2) 既婚女性の就業選択要因

 IIAの検定結果を受けてMultinominal Logitモデルの推計結果により、既婚女性の就業形態の選択要因をみることにする。
マ−ジナル効果の結果は表3に掲げるとおりである9)。二値的選択モデルと多肢的選択モデルの差や従来の研究との比較を行うために参考までに就業(フルタイム+パ-ト・求職)と非就業(働かない)のLogitモデルの推計も試み、マ−ジナル効果を計算した。結果は表注3に掲げるとおりである10)。

(フルタイム)
 まずフルタイム勤務の選択についてみる。夫の収入は妻のフルタイムでの就業確率を有意に低下させているのは、大沢[1993]と共通である(推定賃金額を含まないケ−ス)11)。夫婦以外の世帯員の収入が有意に正となっている(パ-トについても同様である)。夫婦以外の世帯員の収入は保証所得として認識されていないのかもしれない(たとえば独立を予定している子供の収入であれば、親はその収入の喪失を予想して、将来の家計所得の減少を見越すので逆に就業確率を高めることになる)。
 住宅ロ−ンや消費者ロ−ンは可処分所得の減少につながるので、そのマ−ジナル効果が有意に正ということは予想されるところである。金融資産と実物資産の評価額がいずれも有意に正となっていることは注目される。この資産が増加すればフルタイムでの就業確率が上昇するということは、既婚女性のフルタイムでの就業選択に何らかの資産選好が働いている可能性を示唆している(樋口[1980]、Shigeno and Matsuura[1998]、滋野・松浦[1998]参照)。
 就業の固定費用に関する家族人員数と幼児ダミ−が負、母親同居ダミ−が正といずれも有意なことは、従来の議論と概ね合致している(Logitモデルのマ−ジナル効果を示した表注3参照)。勤務時間の選択の余地のないフルタイムでの就業を促進するには、これらの固定費用を低下させるような保育政策等が必要であることを示すものといえよう(保育所と女性の就業の関係を分析したものに滋野・大日[1998]がある)。女性の年齢とその二乗項は有意に逆転しており、年齢の効果が非線形であることがうかがわれる。
 都道府県別鉱工業生産指数と有効求人倍率がいずれも有意に正である。特に有効求人倍率1ポイントの上昇は0.27ポイントのフルタイムを増加させる大きな効果を持っている。後述するパ-ト、無職の選択と併せると労働需要や景気の要因に関し、女性はフルタイム勤務の機会に恵まれればそれを強く指向することがうかがわれる。逆に労働需要が減退した場合、パ-トなどに留まるのではなく一気に無職に転じる可能性を示唆している。言い換えれば労働需要やマクロの要因は、フルタイムの選択に大きく影響している。現在のような不況下では女性のフルタイムでの就業機会が、大きく減少するという形で労働市場の調整が進むことを示唆している。

(パ−ト・求職)
 パ-ト・求職に関しては、夫の収入はマ−ジナル効果に有意には影響していない。これからすれば夫の収入はパ-トの選択に関しては中立的である(言い換えれば夫の収入はフルタイムと非就業の選択に強く影響している)。
 金融資産は有意に負となっている。また住宅ロ−ンと消費者ロ−ンは正である。さらに実物資産の評価額も有意に負である。金融資産と負債からの収益を保証所得として捉え(実物資産もこれに含めて考えることができる)、家計資産の増加が妻の就業の機会費用を高めその就業確率(就業と非就業の二値的選択)を低下させるという従来の議論とは整合的である(表注3参照)。
 他方で家事の固定費用に関する幼児ダミ−は有意に負であるものの、母親の同居ダミ−が有意に負であり、パ-トの選択には抑制的である。また世帯人員数は有意に正である。この結果は二値的選択モデルとはかなり様相を異にしている(表注3参照)。
 言い換えれば従来の議論は、資産効果についてはパ−トの選択と整合的である。しかし勤務時間に選択の余地があるパ-トタイムに関しては家事の固定費用に関しては従来の議論は必ずしも当てはまらない。フルタイムの選択のケ−スとは逆の結果となっている。
 鉱工業生産指数と有効求人倍率では効果が逆転している。本論文で用いた有効求人倍率が常用労働者(かつ男女計)ということに留意する必要があるが、その上昇はパ-ト・求職の形での就業を促進することがうかがわれる。他方でIIPは負である。このことは就業意欲喪失効果と付加的労働者効果が共に働いている可能性を示唆している。

(非就業)
 非就業(無職)に関しては、夫の収入は有意に正であり、先行研究とも整合的である。しかし他方で夫婦以外の世帯員の収入は有意に負である。フルタイム等の結果と併せると、夫婦以外の者の収入は家計にとって保証所得とは受け取られていない可能性がある。
 金融資産が正、住宅ロ−ンと消費者ロ−ンが負、実物資産評価額も負という資産関連変数の効果は保証所得の上昇が女性の就業確率を低下させるという点で、従来の議論と整合的である。また 幼児ダミ−が正、母親同居ダミ−が、世帯人員数が負ということは家事の固定費用の増加が女性の就業確率を低下させるということで整合的である(表注3参照)。換言すれば保証所得や家事の固定費用に関する従来の議論は非就業の選択とは整合的である。
 鉱工業生産指数は正であるもののその値は0.001にとどまる。他方で有効求人倍率は-0.3とかなり影響している。このことからも有効求人倍率の動向は女性のフルタイムと非就業の選択に大きな影響力を持つことが示唆される。

表3




 永瀬[1997b]は労働時間供給関数の分析で夫の所得は正社員には有意に正に影響するが、短時間雇用者には影響していないことを報告している。また短時間労働と長時間労働(特に正社員)の労働時間供給の分析で主要な変数の符号が逆転することを示している。このことは本論文の結果とは整合している。これらの結果からすると、女性の労働供給について労働時間をより柔軟に選択できるパ-トと選択の余地がないフルタイムでは、ある要因の選択に対する影響は程度のみならず方向性まで異なっており、就業形態をより厳密に考察することが望ましいことを示唆している。
 女性の就業形態の選択に与える影響の中でも、特に夫の収入や資産関連、マクロの労働需要関連のマ−ジナル効果から判断して、普通勤務の選択は就業のための固定費用がかなり高いことがうかがわれる。