Y. 推計結果

 

1 計量方法について

 合理的な資産選択の結果として危険資産を保有する家計と保有しない家計とがある。本分析でも危険資産を保有する家計は226(全体の19.8%)であり、残りの916世帯は危険資産を保有していない。この様に「家計における金融資産選択に関する調査」の危険資産保有はCensored Dataとなっているので、これを通常の線形モデルで推計することはできない。本論文ではTobitモデルで推計を行う(Maddla[1983]、和合・伴[1995]、Greene[1997]参照)。 次式のようなモデルを考える。

 yi* =axi+ui            (19)

 yi =yi* if yi* >0

 =0 otherwise

 ここでyi* は被説明変数、aは係数ベクトル、xiは説明変数、uiは誤差項でiidを仮定する。

yi =0となる確率を考える。

 P(yi =0)=P(axi+ui≦0)

=P(ui≦-axi)

=Φ(-axi/σ)

 yi =yi*となる尤度は

 f(yi =yi* | yi* >0)=P( yi* >0)

=f(yi =yi*)

=φ[(yi -axi)/σ]/σ

これから対数尤度関数は以下のように求まる。

LogL=ΣLogΦ(-axi/σ)+Σ{Logφ[(yi -axi)/σ]-Logσ} (20)

yi =0 yi =yi*

またマ-ジナル効果は

∂E[(yi |axi]/∂xi=aΦ(axi/σ) (21)

で与えられる。 なお実際の推計に当たっては分散不均一を考慮したウエイト付きのTobitモデルで行った。


 

2 モデル1の推計結果

モデル1は次のように定式化される。

SBRATIOi=Cons+a1WBRATIO1i+a2CBRATIOi+a3LDEPOSITi+ui (22a)

SBRATIOi=Cons+a1WBRATIO2i+a2CBRATIOi+a3LDEPOSITi+ui (22b)

見えざる出資が危険資産保有比率を低下させ、また保有資産額の増加が危険資産保有比率を高めるとするならば、a1 >0,a3 >0,a2<0が期待される。

見えざる出資が危険資産保有比率に影響していないとすれば、a1=a2=0となる。したがって(22a,b)式を推計しその符号条件と有意性を確かめることが第一ステップである。仮に符号条件が満たされない、あるいはa1とa2が共に統計的に有意でないのであれば、a1=a2=0の制約条件を課した

SBRATIOi=Cons+a3LDEPOSITi+ui (23)

を推定し、(22a,b)式と(23)式の間で尤度比検定を行えばよいことになる。

 推計結果は表2に掲げるとおりである。

(22a)式の推計でWBRATIO1は5%水準でLDEPOSITは1%水準で有意に正となっている。またCBRATIOは5%水準で有意に負である。いずれも有意に符号条件を満たしている。更に併せて行った(22a)式と23)式の尤度比検定の統計量は12.09でありa1=a2=0の制約は1%水準でも棄却される。

(22b)式の推計ではWBRATIO2とLDEPOSITは1%水準で有意に正となっている。またCBRATIOも1%水準で有意に負である。ここでもいずれも有意に符号条件を満たしている。更に(22b)式と(23)式の尤度比検定の統計量は17.31であり、a1=a2=0の制約は1%水準で棄却される。

これからいずれのケースでも見えざる出資が危険資産保有比率を低下させるという我々の仮説は支持されることになる。


表2 推計結果(モデル1)


(マージナル効果)



 
3 モデル2の推計結果

モデル2の具体的な定式化は以下の通りである。

SBRATIOi=Cons+a1AGEi+a2AGE2i1LDEPOSITi1OTHMONEYi2DEBTi

3MOCHIYAi4CHILDi5EMP500+γ6EMP100+γ7JUNIOR+γ8HIGH +γ9UNIVERSE+ui (24)

a1<0、a2>0、β1>0が期待される。a1とa2が統計的に有意でないケースで、年功序列賃金による見えざる出資が影響していないとすれば、a1=a2=0であるから、この制約を課した

SBRATIOi=Cons+β1LDEPOSITi+γ1OTHMONEYi2DEBTi3MOCHIYAi4CHILDi5EMP500+γ6EMP100+γ7JUNIOR+γ8HIGH+γ9UNIVERSE+ui (25)

を推計し、(24)式と(25)式で尤度比検定を行えばよい。

 結果は表3の第1欄、2欄に示すとおりである。(24)式では年齢は負、その二乗項は正であるがいずれも統計的に有意な結果は得られていない。なおβ1は1%水準で有意に正である。そこで(24)式と(25)式で尤度比検定を行った。その尤度比検定の統計検定量は8.84であり、a1=a2=0の帰無仮説は5%水準で棄却される。

 (24)式で年齢とその二乗項がいずれも統計的に有意でないのは、多重共線問題が起きているためと考えられる。そこで(24)式より年齢またはその二乗項のいずれか一方を除いた推計を行った(第3欄、4欄参照)。年齢とその二乗項は1%水準で有意に正となっている。これからすれば年齢と共に危険資産保有比率が上昇していることがうかがわれ、我々の仮説はここでも支持される。

a)式の推計結果に基づき若干付言する。OTHRATIOは5%水準で有意に正である。世帯主以外の収入であればある程度リスクを取っても良いということなのかもしれない。DEBTは有意な結果は得られていない。これに対しMOCHIYAは1%水準で正であり、資産の増加が危険資産比率を高める動きと整合的である。EMP500が1%水準で有意に正というのは、職業の安定性や相対的に公開企業が多いことを反映していよう。JUNIORが5%水準で負というのも株式投資には学歴で代理される情報分析能力が必要とされることを示唆している。


表3 推計結果(モデル2)

(マージナル効果)

ケ−ス1に基づき、持ち家有り、500人以上の企業に勤務、大卒で他の説明変数はサンプルの平均値というパタ−ンで、所有確率と保有比率をシュミレーションした(表4参照)。明らかに所有確率は50代から、保有比率は60代から急激に上昇している。所有確率で約25%、保有比率で約15~20%差がある。年齢差の効果だけを取上げることになるこのシュミレーションから、株式の需要が老年層に偏っていることが分かる。50、60代は終身雇用されていた最初の職場を退職し、見えざる出資の最後の部分である退職金を受け取っている世代であろう。それは本来の株式需要を顕現しているとみられる。いいかえればこの格差は「見えざる出資」の若年層に対する株式需要抑制効果の大きさを改めて示すものといえよう。


表4 保有比率等のシュミレーション


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