5 終わりに

 本論文では76年以降における日銀の公定歩合変更政策の実証を試みた。そこでは日銀の政策反応は、インフレと景気動向を抜きには考えられないことが明らかになった。インフレが重視されることは、物価の安定=通貨価値の維持を目指す中央銀行としては当然期待されるところである。引き上げと引き下げの両方に有意に影響していることに見られるように、日銀が景気動向にも注視することは「機動性の確保」による経済の安定を図るという点から、考えられうることである。
 更に日銀は公定歩合の引き上げに際しては、為替相場や株価にも配意していることが示された。株価は資産価格の変動という意味もあるが、BIS規制実施後とりわけバブル崩壊後は銀行経営にも大きな影響を与えるに至り、金融システムの安定と結びつくようになっている。このことは現在のような株価の低迷する時代には公定歩合引き上げは、当分の間無いという可能性を示唆している。
 また為替は引き下げについても影響しているようである。これは円安が公定歩合の引き上げの要因になるというのみならず、円高が引き下げの要因となっている可能性があることを示すものであり、通貨価値の対外的安定と共に国際協調の側面にも日銀は配意している可能性がある。
 これらからすれば日銀は物価の安定を目指しつつも、景気動向等により政策を変更するescape clause条項付きの政策を展開しているといえよう。
 しかし本論文に残された課題も多い。一つは累積されたショックの影響をどうみるかということである。為替や株式は1期あるいは1年間のショックにとどまらず、水準が累積していく場合はその累積自体が、日銀にとりショックとして把握される可能性がある。
 もう一つは、水準と変化の幅を、被説明変数である公定歩合と説明変数の双方について、考慮する必要があるかもしれないということである。たとえば公定歩合の水準が0.5%と6.0%とでは、日銀が同一の反応を示すのかあるいは異なる反応を示すのかということである。名目金利が負をとりえない以上0.5%という水準は、ある意味においてextreme situationsである。この問題を考慮する必要があるかもしれない。このことがFrictionモデルでショックの値が2.3と大きくなった要因である可能性がある。また景気動向にしても高水準(低水準)のときの変化が、通常の状態時の変化と同じ意味を持つかどうかも検討されるべきかもしれない。さらに公定歩合の変化幅を明示的に考慮するMultinomial Logit Sample Selectionの推計も望まれる。しかし、これらの問題は今後の検討課題としたい。





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