1. はじめに

 厚生経済学の第一基本定理によれば,生産技術や経済主体がもつ選好の凸性など一定の条件が満たされれば,市場メカニズムによる資源配分はパレート効率的である。経済学の主要概念である資源配分の効率性は,財・サービスを取引する市場が存在する限りにおいて,一定の根拠を持つ。しかしながら,経済主体間における情報の偏在をはじめ,市場の成立自体を阻む要因も多数存在する。これら諸要因を克服し,取引を成立させるための場として市場を設立しこれを維持するためにはコストがかかることを認識するとき,資源配分メカニズムとしての市場取引自体の効率性について,再検討が必要である。

 最も典型的な「市場メカニズム」と想定されている証券市場についても,取引メカニズムの設計の仕方によって,その機能や効率性が異なることは近年認識され研究が進んでいる(O'hara[1995],大村他[1998]など)。また,証券市場間の競争も盛んであり,取引所の栄枯盛衰も見受けられる(Carlton[1984]など)。株式指数オプションをめぐる名古屋,大阪,東京,シンガポール証券取引所間の競争は,記憶に新しいことと思われる。株式に限定してもNYSEと東京証券取引所とでは採用しているメカニズムは異なり(Lehmann=Modest[1994]),国内でも大阪証券取引所と東京証券取引所とでは証券会社による利用の仕方も違っているようである(宇野=大村[1997])。

 この論文は,株式の信用取引制度が要求する維持証拠金(いわゆる追い証)の仕組みには,株式および金利(安全資産価格)を原証券とするオプションを内在していることを示し,転換社債と株式との裁定機会とみなされてきた逆乖離のデータを分析することで,このオプションが決して机上の仮想的なモデルではないことを主張する。また,品貸料(いわゆる逆日歩)の仕組みが,買い残と売り残といった信用取引での取引高と金利を原証券とするオプションとみなすことも示す。ここ10年間における株式取引における信用取引の利用は,売買高および売買代金でみて16%から22%を占めている(東証要覧1997年度版)。また個人投資家が信用取引を利用する割合(売買代金ベース)も,31%から58%を占めている。従って,株式市場における信用取引の重要性は決して無視できない大きさを占めると考えられる。

 以下第2節では,信用取引の制度を振り返りながら,そこにオプションが内在していることを提示する。オプションのプレミアムは観測されるものではないので,この論文では転換社債の逆乖離率から,その存在根拠を示す。そのため,逆乖離についての説明も2.4節で行う。第3節では用いる日々データについて説明し,実証の方法とその結果を提示する。第4節は議論,第5節は全体のまとめにあてる。




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