4.考察


 前節の実証分析は,逆乖離が取引費用の「最大値」を定めているということには,とりたてた注意を払わなかった。計量経済学の方法論上は,取引費用が逆乖離を観察させるための境界を定めるといったtruncation の位置の推定を行うべきかもしれない。

 また,逆日歩にもとづくオプションとつながるような実証を行っていない。この分析では貸借取引残高,逆日歩のデータを入手できなかったためである。逆乖離が観測されたとき,既に逆日歩がついていたとしよう。サヤ取りを行うためにカラ売りポジションをとると,貸株株数を増やすので逆日歩を請求される可能性がきわめて高い。逆日歩コストがほぼ間違いなくかかるため裁定ポジションを取れないということが考えられる。この点は,データの制約上これ以上は分析できないが,今後の課題としたい。

 なお,3節の実証分析における暗黙の仮定は,株式と転換社債との裁定取引を行う主体が一般投資家と想定していることである。実際の取引が株式と転換社債との間のサヤ取りをねらったポジションかどうかは判別しがたく,サヤ取りを行っている主体が誰かを推測するのも困難である。仮にこれが証券会社の自己売買部門であれば,売買委託手数料や委託証拠金などを考慮する必要性は著しく低い。特に当該の株式を保有していたり借株による現物売りが可能であれば,信用取引の追い証にもとづくオプションは考えなくてもよいことになる。大口の機関投資家や証券会社の場合は,信用売買制度を利用しなくても,ショートポジションをとるための株式を借りることが可能といわれているためである。この点は,3節の実証分析結果を受け止める上で,考慮すべき重要な事柄である。

 以上の3点による限定を考慮した上で,今後に行うべき作業はプレミアムの推定であろう。この論文は転換社債の逆乖離という,特定のオプションモデルに依存しない無裁定条件を用いて,信用取引に内在するオプションが無視できないことを確かめた。次は,このオプションを一定の仮定のもとでモデル化し,モデルのパラメターを推定することによってプレミアムの推定値を得て,それが「無視できない大きさ」かどうか,考慮することであろう。




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