地域通信事業の自然独占性の検証



                                郵政研究所通信経済研究部 浅井 澄子

                                郵政研究所客員研究官   根本 二郎



要約
 本稿の目的は、適切な産業構造の検討のため、NTTの地域通信事業を全国11に分けた事業部制データにより費用関数を推計し、地域通信事業の自然独占性を検証することにある。自然独占性の必要十分条件は、費用関数が劣加法であることである。本論では、電話サービスと専用サービスからなる複数生産物のトランスログ型総費用関数を推計し、双方のサービス量を仮想的2社に分け、その費用合計を1社で提供する場合の費用と比較するローカル・テストを広範な領域で行った。

 今回の計量分析の結果とその含意は、以下の3点である。

 第1は、推計された費用関数から、11地域通信事業部の様々な生産量の組み合わせにおいて、1社でサービスを提供するよりも2社に分けてサービスを提供するほうが、費用が削減できるさまざまな組み合わせが存在することが示された。地域通信事業は、従来から一般に自然独占性がある事業として考えられてきたが、今回推計された費用関数で判断する限り、当該事業は自然独占性を有しない。この点、競争の障壁となる要因を除去する等の競争促進政策には一定の意義が認められる。

 第2に、NTTの経営形態に関しては、1996年12月に全国の地域通信事業を東西2社にすることで合意に達っしたところである。今回の推計から、11事業部の平均以上の規模では総費用関数は様々な組み合わせの平均で優加法、北海道、信越、北陸及び四国地域通信事業部では劣加法であることが確認された。このことから、1990年の電気通信審議会答申における地域通信会社1社形態よりも2社に分けるほうが効率的であることが推測される。

 第3に、規模の経済性はわずかに存在するが、劣加法性の必要条件である電話サービスと専用サービス間の範囲の経済性については、その十分条件である費用の弱補完性が棄却された。また、一般化トランスログ型費用関数で推計した結果、範囲の経済性の存在が否定された。一般化トランスログ型費用関数による範囲の経済性の検証は、基準点のみの局所的検定であるが、この結果は、劣加法性のローカル・テストの結果と整合的である。

はじめに

 本論は、適切な産業構造を検討するため、地域通信事業の自然独占性を定量的に検証するものである。

 我が国の国内電気通信事業においては、1985年の制度改革により、当時の日本電信電話公社の民営化とともに法的独占から競争体制へと移行した。しかし、地域通信事業に関しては、既に日本電信電話公社の時代から、全国に電気通信ネットワークが構築され、電話サービスが普及していること、有線系加入者回線の構築の困難性等から、現在においても、日本電信電話株式会社(以下、「NTT」という)の独占的状態が続いている。この独占的状態は、そもそも1社でサービスを提供することが事業特性上、効率的であることに起因するのだろうか、競争促進政策を採用することが経済厚生を高めることにつながるのだろうか。この問題の解決には、地域通信事業の自然独占性の有無を検証することが必要である。自然独占性(natural monopoly)とは、任意の生産量に対して、1企業が生産を行うことが複数企業で生産するよりも常に費用削減となることを指す。地域通信事業において、定量的に自然独占性が示されるならば、1社が独占で地域通信サービスを提供することが効率的であると判断される。一方、自然独占性が存在しない場合には、他の考慮すべき制約を除き、複数事業者の競争でサービスを提供することが望ましいとされる。

 費用関数の推計による自然独占性の検証は、米国においてはAT&T分割の決定に際して行われている。具体的には、1980年6月から1982年1月において司法省のコンサルタントであった間の研究成果を取りまとめたEvans ed.[1983]及びEvans and Heckman[1984]がある。Evans and Heckmanは、AT&Tの年度データを利用し、地域通信サービスと長距離通信サービスの複数生産物モデルで費用関数の推計を行っている。ここでの研究結果では、AT&Tが自らの分割に反対する根拠として掲げた自然独占性を否定するものとなっている。また、AT&T分割後においても、米国の電気通信事業の自然独占性を巡っては、Charnes,Cooper and Sueyoshi[1988],Röller[1990a],[1990b]により論争が続いている。すなわち、Charnes,Cooper and Sueyoshiはオペレーションズ・リサーチの手法で、RöllerはCES2次関数を用いることで、Evans and Heckmanとは逆の結果を導出している。Röllerの強調している点は、結果の相違ではなく、長距離通信サービスと地域通信サービスの生産量を変化させてローカル・テストを実施した際、限界費用に負の領域が多数含まれているという費用関数としての適正性(properness)の問題である。Shin and Ying[1992]は、Röllerの批判を踏まえた上で劣加法性のテストを行い、地域通信事業の費用の劣加法性が棄却されることから、地域通信市場における競争政策を支持するとともに、分割前のAT&Tが自然独占ではなかったと推論している。

 また、我が国のNTTを対象とする計量分析としては、中島・八田[1993]、Sueyoshi[1996]、浅井・中村[1997]がある。中島・八田は、NTTのプール・データをもとに、全社単位で規模の経済性及び範囲の経済性の計測を行っている。また、Sueyoshiは、1953年から1992年のNTTの年度データをもとに、複数の関数形で地域別、サービス別にNTTを再編成する際の劣加法性等を検証している。ここでの帰結は、モデルによって必ずしも推計期間中において、NTTが自然独占性を有すると判断することができないことが示されている。浅井・中村は、生産物を電話サービスの単一生産物モデルで可変費用関数を推計し、配分非効率性、規模の経済性を計測したものである。この点、本稿は、浅井・中村の単一生産物モデルを複数生産物モデルに拡張したという位置づけでもある。

 本論では、1992年度からNTTに事業部制が導入されていることを踏まえ、1992年度から1995年度の11の地域通信事業部のデータをプールにして、地域通信事業の費用関数を推計し、自然独占性の検証を行う。電気通信事業の場合、技術進歩が著しく、長期にわたる推計では構造変化が生じている可能性があり、技術進歩を示す適切な変数を関数形に含める必要がある。また、現時点では日本電信電話公社発足に遡ってもようやく40年を超えたところであり、年度単位の時系列データでは自由度の制約の問題が生じる。したがって、ここでは年度データによる問題点を回避するとともに、可能な限りの自由度を確保するため、プール・データを利用した推計を行う。さらに、RöllerのEvans and Heckmanに対する批判を踏まえ、推計された費用関数の適正性を考慮する。

 以下の第1節では分析の枠組み、第2節は推計に利用したデータの説明、第3節では推計結果と自然独占性の検証結果、第4節は推計結果の政策的意義である。なお、補論では、劣加法性の必要条件である範囲の経済性の検証結果を示す。

1 分析の枠組み

 NTTの事業部制は1992年度に導入され、全国の地域通信事業は11の地域に分けられている。この地域通信事業部の提供サービスは、県内に終始する電話サービス、専用サービス及び総合デイジタル通信網サービス等のその他サービスである。総合デイジタル通信網サービスは、その他の電気通信網収入の大部分を占め、この数年、急速に拡大している。もっとも、サービス収入比較で専用サービス収入を1とすると総合デイジタル通信網サービスは、1992年度で1/14、1995年度で1/3以下である。このことから、地域通信事業部が提供しているサービスは、概ね県内に終始する電話サービス及び専用サービスとみなすことができる1)

自然独占の必要十分条件は、費用関数が劣加法的(subadditivity)であることであり、(1)式で表される。

 Σを満たす任意の生産物ベクトル,,.., ,j=1,..,kにおいて、

  TC()< ΣTC()                                     -(1)

 但し、TCは総費用関数である。(1)式は、単一の事業者が生産する際の総費用が、複数事業者に分けて生産する場合の総費用合計を下回ることを意味する。

 Baumol et al.[1988]は、費用関数が劣加法であることの十分条件と必要条件をそれぞれ示している。劣加法性の必要条件である範囲の経済性が存在しない場合、複数の生産物を提供するよりも、単一生産物をそれぞれの事業体が提供するほうが、費用削減が可能である。範囲の経済性が存在することを2財の場合で示せば、2つの財の生産量をy,yとして、(2)式が満たされることである。範囲の経済性の定義上、計量的にその存在を示すには、現実には複数サービスを提供している地域通信事業部の費用関数にゼロを外挿することを必要とする。

 TC(y,y)<TC(y,0)+TC(0,y)                          -(2)

 また、費用関数の劣加法性の十分条件としては、各生産物に対する平均増分費用の逓減と範囲の経済性が存在すること等がある。しかし、これは、劣加法性の十分条件であるため、十分条件が成立する場合には劣加法性があると判断されるが、棄却される場合には、判定が不能になる。このため、本論では、Evans and Heckmanが提案したローカル・テストを広範な生産量水準で実施することで、NTTの地域通信事業部の劣加法性を検証する。

 総費用をTC、電話サービスY、専用サービスY、労働価格P、資本価格Pとする。ここでは、11の地域通信事業部単位で費用最小化の行動をとると仮定し、地域通信事業部の総費用関数を(3)式で表す。事業部制のデータは、本社等の共通費用の配賦済みのデータである。共通費用の配賦に当たっては、配賦基準の恣意性の問題が指摘されるが、あたかも各事業部を一つの行動単位とみなすことができる2)

 TC=f(P,P,Y,Y)                                   -(3)

 現在、11の地域通信事業部は、電話サービス、専用サービス及びその他サービスの複数サービスを提供し、さらに、NTT以外の有線系新規参入事業者も、複数サービスを提供している実態がある3)。このため、本論では、Y≠0,Y≠0を前提とし、通常のトランスログ型費用関数を選択する。トランスログ型関数は、2階微分可能な費用関数の近似形であり、フレキシビリテイを有する。なお、推計では、Shephardのレンマにより導出された(5)式の労働シェア方程式を付加して推計を行う。対称性の制約を課した推計式は、(4)式及び(5)式である。

lnTC=α+αY1lnY+αY2lnY+αlnP+αlnP

    +1/2βY1Y1(lnY)+βY1Y2lnYlnY+1/2βY2Y2(lnY)

      +1/2γLL(lnP)+γLKlnPlnP+1/2γKK(lnPK)2

      +δLY1lnPlnY+δLY2lnPlnY+δKY1lnPlnY

      +δKY2lnPlnY                                   −(4)

=α+γLLlnP +γLKlnP+δLY1lnY +δLY2lnY              −(5)

 推計された式が費用関数として適正であるためには、総費用関数が要素価格及び生産量に対し非減少関数であること、生産要素価格に対する凹(concavity)、要素価格に関する一次同次性と対称性を満たす必要がある。要素価格に関する一次同次性については、以下のとおり推計パラメータに予め制約を課す。

   α+α=1                                       −(6)

   γLL+γLK=γLK+γKK=0

   δLY1+δKY1=0

   δLY2+δKY2=0

 総費用関数が、要素価格に対する非減少関数であることは、(7)式が満たされることである。

   ∂TC/∂P≧0                                     −(7)

   ∂TC/∂P≧0

 総費用関数が、生産量に対して非減少関数であること、すなわち、限界費用が非負であることは、推計された費用関数から(8)式により検証する。

   ∂TC/∂Y≧0                                     −(8)

   ∂TC/∂Y≧0

 総費用関数が、生産要素価格に対して凹であることは、TCのPとPに関するヘッセ行列式が非正定符号であることを確認する必要がある。

 また、推計された費用関数を使って、劣加法性のテストのほか、規模の経済性及び範囲の経済性の有無を検証することが可能である。すべての生産物が一定比率で変化した際の費用の変化率としての全生産物の規模の経済性(overall economies of scale)は、

Scale =1−(∂lnTC/∂lnY+∂lnTC/∂lnY )                   −(9)

    =1−(αY1+βY1Y1lnY+βY1Y2lnY+δLY1lnP+δKY1lnP

     +αY2+βY1Y2lnY+βY2Y2lnY+δLY2lnP+δKY2lnP)

Scale>0であれば、全生産物の規模の経済性が存在し、Scale<0であれば、規模の不経済性があると判断される。

 さらに、範囲の経済性については、本論では費用関数として、通常のトランスログ型費用関数を選択したため、範囲の経済性の十分条件である費用の弱補完性(weak cost complementarity)で検証する。費用の弱補完性は、Scope<0。但し、

Scope=∂TC/∂Y∂Y

    =TC/Y(∂lnTC/∂lnY∂lnY+∂lnTC/∂lnY

      +∂lnTC/∂lnY)                                −(10)

となることであるが、TC/Y>0より、

lnTC/∂lnY∂lnY+∂lnTC/∂lnY+∂lnTC/∂lnY

 =βY1Y2+(αY1+βY1Y1lnY+βY1Y2lnY+δLY1lnP+δKY1lnP)

   (αY2+βY1Y2lnY+βY2Y2lnY+δLY2lnP+δKY2lnP)<0       −(11)

を満たす場合、範囲の経済性があることが示される。しかし、費用の弱補完性は範囲の経済性の十分条件であるため、これが棄却される場合には、範囲の経済性についての判断はできない。

2 推計データ

 前節(4)式及び(5)式に利用したデータの概要は、以下のとおりである。

(1) 生産要素価格:P,P

 P=実質人件費年額/期末従業員数

   人件費については、GNPデフレータで実質化

 P=P(r+σ) Christensen and Jorgenson[1969]に準拠

   P:資本財価格指数「日銀卸売物価指数」

   r:政保債利子率 「日銀経済統計年報」

   σ:減価償却率 各地域通信事業部毎の減価償却費/期首の電気通信事業固定資産

(2) 生産物:Y,Y

 Y:電話の通話分数(各年度発信着信の合計:千時間)

 Y:専用回線数合計=一般専用回線数単純合計+高速デイジタル回線の電話級換算(各年度末)

  電気通信事業報告規則により、各年度毎にNTTから報告、公表された通信量データにより集計

(3) 総費用:TC

 実質営業費用

 NTT事業部制収支データより、GNPデフレータで実質化

(4) 地域特性ダミー

  電話サービスでは、東京、関東、東海、関西地域通信事業部とこれ以外、専用サービスで は、東京とこれ以外の地域通信事業部で生産量の規模、需要密度に乖離がある。ここでは、 地域別特性を考慮して以下のダミー変数をそれぞれの生産量の係数に適用し、(4)式にDlnY、DlnYの2変数を加え推計する

 D:東京、関東、東海、関西地域通信事業部に1、これ以外の地域にゼロの電話係数ダミー

 D:東京地域通信事業部に1、これ以外の地域にゼロの専用係数ダミー

3 推計結果の概要

 総費用関数とシェア方程式を並立させ、最尤法(maximun likelihood method)で推計した結果は、図表1である。

図表1 推計結果
  推計値  標準誤差
α
αY1
αY2
α
βY1Y1
βY1Y2
βY2Y2
γLL
δLY1
δLY2
Dummy1
Dummy2
  -6.57852    (2.67653)
   4.09376    (0.70064)
  -2.51486    (0.79720)
   0.55277    (0.05819)
  -0.33382    (0.26223)
   0.05932    (0.25001)
   0.18250    (0.23726)
  -0.19667    (0.02739)
  -0.00037    (0.01459)
  -0.03246    (0.01304)
  -0.02007    (0.00247)
  -0.03091    (0.00615)






(4)式 修正済み決定係数 0.9944
(5)式 修正済み決定係数 0.7316
Dummy1は、DlnYの係数推計値、Dummy2は、DlnYの係数推計値

 前節の費用関数としての満足すべき条件について、要素価格に関する一次同次性及び対称性に関しては、予め制約を課している。よって、総費用が生産要素及び生産量の非減少関数であること、総費用関数が生産要素価格の凹関数であることをチェックする必要がある。図表1に示す推計結果は、推計に用いた4年間の11の地域通信事業部に関する44データすべてについて、これらの条件を満足しており、費用関数としての適正性が確認された。図表2は、推計された費用関数を表したものであるが、使用されたデータの範囲内で生産量の増加関数となっていることが示される。

図表2

 図表1の推計値を用い、各年度の地域別生産量と投入要素価格のそれぞれの平均値をもとに、全生産物の規模の経済性及び費用の弱補完性を算定した結果が図表3である。全生産物の規模の経済性は、ゼロに近く、経済性計測の近傍で総平均費用曲線が水平に近いことを示している。、浅井・中村[1997]では、1992年度から1995年度における可変費用関数の推計を通じて地域別長期の規模の経済性(long-run economies of scale)を計測している。1992年度から1995年度の平均で11の地域別に推計した結果は、0.0547〜0.0699の範囲内であり、今回の推計結果と概ね一致する。

 また、範囲の経済性の十分条件である費用の弱補完性については、正の値が得られ、十分条件が棄却されることから、ここでは範囲の経済性の有無については判断ができない(これについては、補論で改めて議論する)。

図表3 全生産物の規模の経済性と費用の弱補完性
規模の経済性
費用の弱補完性
1992年度
  0.0179〜0.0688
  0.2694〜0.2947
1993年度
  0.0217〜0.0726
  0.2680〜0.2931
1994年度
  0.0205〜0.0714
  0.2693〜0.2943
1995年度
 -0.0159〜0.0351
  0.2767〜0.3022
(注)今回の推計には、地域別に電話、専用に係数ダミーを加えている。
11事業部の平均的水準の投入要素、生産量で規模の経済性、費用の弱補完
性を計算する場合、電話、専用の双方にダミーを加えるケース、一方のみダ
ミーを付加するケース、ダミーを加えない4つのケースがある。図表3の指
標は、その4ケースの上限と下限を示している。            

 次に、費用関数が劣加法的であるか否かを検証する。劣加法性については、(12)式のSub>0であれば劣加法的、Sub<0であれば、優加法的(superadditivity)と判断される。

Sub= TC(αY,βY)+TC((1−α)Y,(1−β)Y)−TC(Y,Y)
                                               −(12)

 本論では、2つの生産物それぞれについて、α,βを0.1から0.9の範囲で0.2間隔で変化させることとした。各年度毎にα,βの13通りの組み合わせでSubを算定することで、ローカル・テストを広範な領域で実施していると考えることができる。
     α=(0.1,0.3,0.5,0.7,0.9)
     β=(0.1,0.3,0.5,0.7,0.9)

 なお、Evans and Heckman[1984]は、劣加法性のローカル・テストの実施に当たって、観察されたデータの外挿を避けるため、ローカル・テストの実施に一定の領域(admissible region)を設定している。しかし、劣加法性は、あらゆる生産量の組み合わせにおいて不等号が成立する必要があること、NTTの地域通信事業部では、最大と最小の事業部で約10倍の収入規模の格差があること、電話サービスと専用サービスの比率も地域によって相違があることから4)、本論では、Subの計算に当たってEvans and Heckmanが行った事前の領域の制限を設けず広範な領域でSubを計算し、生産量水準の限界費用が非負であることを事後的にチェックする。すなわち、トランスログ型費用関数の44データすべてについては、電話サービス及び専用サービスの双方において、限界費用が正の値をとることが既に示されているが、α,βを0.1から0.9まで変化させた際の生産量水準における限界費用について確認することとなる。

 11の各地域通信事業部単位にα,βを変化させ、その生産量水準での限界費用と費用額を計算したものが、図表4である。11の地域通信事業部毎に劣加法性をテストした結果、北海道、信越、北陸及び四国地域通信事業部の平均を下回る規模の事業部では、1社でサービスを提供したほうが2社に分けてサービスを提供する場合の費用額を平均で下回る。一方、これ以外の東北、東京、関東、東海、関西、中国及び九州地域通信事業部では分割して生産活動を行うことで、3.3%から14.2%の費用がそれぞれ低下することが示される(図表4右端のSub/TCの欄)。

 なお、最下行の11事業部の平均的規模とは、概ね、九州地域通信事業部に相当する。九州地域通信事業部については、電話、専用の係数ダミーの値がともにゼロであるので、図表4に示す数値は、電話と専用の双方に係数ダミーをつけないケースの結果である。このケースでは、2社に分けることで7.2%の費用が削減されるという結果であるが、双方にダミーをつけるケース、いずれか一方に係数ダミーを付加するケースについても、2社に分けたほうが3.7%から6.1%の費用削減となり、劣加法的ではないことの結論に変わりはない。

図表4 劣加法性のテスト結果

 本論文では、α,βを0.1から0.9の範囲内で生産量を変化させているため、推計された費用関数に対し、外挿データでSubの値を計算している箇所が存在する。2つに分けた事業者の電話サービス及び専用サービスのそれぞれの生産量水準が、推計に使われた44のデータの生産量の最低水準を上回るならば、外挿は行なわれていないと判断される。図表5のとおり、電話の生産量水準の最低水準は、1992年度の北陸地域通信事業部の電話サービスの70,720千時間であり、専用サービスについては1992年度の四国地域通信事業部の33,172回線(電話級換算)である。α=0.1の場合、電話サービスに関しては、707,220千時間を上回る地域通信事業部では、これを2つに分けても外挿は生じない。しかし、これを満たす地域は関東地域通信事業部のみである。同様に、専用サービスに関しては、331,720回線であるが、これを上回る地域は東京地域通信事業部に限定される。α=0.3の場合、電話及び専用サービスの双方について、東京、関東、東海、関西及び九州地域通信事業部で、北陸の電話サービス、四国の専用サービスの生産量水準を上回る。すなわち、東京、関東、東海、関西及び九州地域通信事業部では、α=0.3あるいはα=0.5に関して、外挿ではない領域でSubの値を計算していることが確認される。一方、α,βを変化させることによる生産量水準で限界費用が負になる箇所とは、北海道のα=0.5,β=0.5を除く12か箇所、東北のα,βのいずれかが0.1である箇所、信越、北陸及び四国の全域である。これらは、Subの計算に当たって、外挿データで計算している部分である。逆に、外挿部分がない、又は外挿の箇所が少ない東京、関東、関西地域通信事業部の全域で限界費用が正であることが確認されている。以上を要約すれば、推計された費用関数は、44のサンプルのほか、α,βの比率で生産量を変化させた場合、外挿ではない箇所に関して限界費用が正の値をとることが確保されているということができる。なお、図表4のSubの計算に当たって、限界費用が負となる領域は、データの外挿部分である。

図表5 外挿の判断基準
最低生産量水準αの水準 外挿ではない場合    外挿ではない地域事業部
電話 北陸 70,720
(千時間)
α=0.1現実データ>707,200関東
α=0.3現実データ>235,733東京、関東、東海、関西、九州
α=0.5現実データ>141,440東北、東京、関東、東海、関西、
中国、九州
専用 四国 33,172
(電話級換算
回線数)
β=0.1現実データ>331,720 東京
β=0.3現実データ>110,573東京、関東、東海、関西、九州
β=0.5現実データ>66,344東北、東京、関東、東海、関西、
中国、九州

 4 政策的意義

 本論の費用関数の推計で、NTT地域通信事業が自然独占性を有しないことが示された。これについては、政策的に2つの意義が考えられる。

 第1は、地域通信事業は、従来から自然独占性がある事業として考えられることが多かった。1996年の日本電信電話株式会社の在り方に関する電気通信審議会答申は、自然独占性を正面から取り扱っているものではないが、NTT地域通信網のボトルネック独占が存在するという問題意識に立っている。また、米国においては、AT&T分割の議論に際して、自然独占性の議論が行われたことは前述のとおりであり、1990年以降では、1934年通信法改正と関連して、地域通信市場の競争政策に関して活発な議論が行われている。具体的には、Huber et al.[1992]及びEconomic and Technology,Inc and Hatfield Associates,Inc.[1994]が挙げられるが、これらの議論の論点は、地域通信事業が自然独占であるのか、ボトルネック独占が存在するのかの点である。

 今回推計された費用関数で判断する限り、地域通信事業は自然独占性を有しない。現在は、企業を対象に主として専用サービスを提供する地域系電気通信事業者が小規模であるが事業を展開し、また、CATV事業者による電気通信サービスの提供の途が開かれたところである5)。NTTの地域通信事業が自然独占性を有しない以上、競争を阻害する要因を除去する等の競争政策の適用が支持される。但し、今回の検証は、NTT地域通信事業部と同じ費用関数を有する事業者の生産水準が変化した際の費用合計額の比較である。したがって、費用関数が優加法的であることが示されたことは、NTT地域通信事業部と同じ費用関数を有する事業者が参入する際には費用削減につながると判断されるものの、現実に参入する事業者が、NTT地域通信事業部と同じ費用構造である保証はない。換言すれば、今回の推計結果は、どのような形態の新規参入が市場全体の効率性向上をもたらすかについては、示唆を与えていないことに留意する必要がある。もっとも、図表3のとおり、11の地域通信事業部の平均的規模以上の事業部では、様々なサービスの組み合わせの事業展開を仮定した際において、費用関数の優加法性が確認されている。外挿の問題が生じるものの、現在のNTT地域通信事業部の生産比率と大きく異なる生産構造でのテスト結果が、広範囲で優加法性を示すことは、競争導入により効率性の改善がもたらされる可能性の高いことを示唆している。この点、現在進められている接続条件整備及び関係諸規制の整備等の競争の障壁となる要因の除去を図ることには、政策上の意義がある。

 第2は、NTTの組織形態に関しては、1996年12月に県内通信をサービスとして提供する地域通信事業を東西2社に分けることで合意に達している6)。今回推計された費用関数をもとに、地域通信事業全体を2社に分けた上で、Subの値を計算することは、かなりの程度の外挿を行うこととなり、その結果に関しての信頼性は低くならざるを得ない。今回の推計から、北海道、信越、北陸、四国地域通信事業部で劣加法性、11の事業部の平均的水準を上回る規模の地域通信事業部で優加法性の存在が示されている。東西2社は、それぞれ東京又は関東地域通信事業部より規模が大きいことから、全国を東西2社に分けることは、1990年の電気通信審議会答申における地域通信会社の1社形態よりも費用削減につながるものと推測される7)

 おわりに

分析対象の事業が自然独占性を有するか、否かは、当該事業で独占を維持するか、競争を導入するかの重要な判断材料となり得る。換言すれば、自然独占性の検証は、当該事業の経営形態、規制形態と密接に結びつくだけに、Evans and Heckmanを例示するまでもなく、費用関数の推計とその結果の頑健性(robustness)が求められる。この点、今回の推計には、以下の2点について留意する必要がある。

 第1点は、時系列データにより生じる問題を回避し、可能な限り自由度を確保する観点から、地域通信事業部のプール・データを利用して推計を行った。しかし、事業部制の導入は1992年度であることから、サンプル数は44に限定されている。費用関数の推計結果には、有意ではない変数もあり、1996年度のデータ入手後、再推計を行うことが望ましい。

 第2点は、今回の推計は、各地域通信事業部があたかも独立の事業体として行動することを前提とする。これは、本来の事業部制の趣旨であり、財務データについてもこの趣旨に沿い、本社費等の共通費用を最終的には各事業部に帰属させている。しかし、現実の各事業部が本来の事業部制導入の目的である独自の事業運営とその水平的比較による効率性改善を満たしていることには疑義を否定できない。むしろ、独立の事業体としての行動は、1999年度から発足予定の地域通信事業を東西2社に再編成することで初めて担保される問題といえる。この点、今回の推計は、Shin and Ying[1992]の独立の58社の事業者のプール・データによる推計とは、相違する点があることに留意する必要がある。

 もっとも、事業部制のデータは、その利用に当たって制約はあるものの、地域通信事業に関する分析を行うに当たっては、貴重なデータであり、各種の分析を行うに当たっては、むしろより細分化されたデータが必要になる事例も多い8)。今後の電気通信事業の適切な産業構造及び規制の問題を検討するため、NTTの再編成後においても、少なくとも現行水準の地域別情報の開示が維持されることを願う。

(注1) 今後とも総合テイジタル通信網サービスが成長を続ける場合には、推計モデルを3財モデルに拡張することも必要であろう。今回は、総合テイジタル通信網サービスのサービス全体に占める比率が現時点では低いこと、サンプル数が44に限定され、3財モデルにする場合、自由度が少なくなることから、2財モデルとしている。

(注2) 事業部制収支は、1992年2月に定められた「長距離通信事業部、地域通信事業部の事業部制の導入・徹底、収支状況の開示に係る資産・負債等の区分及び収支分計の基準等」に基づき計算されている。これは、詳細にわたって分計基準を定めていること、これ以上の信頼性のあるデータが得られないこと、公表されたデータであることから、本稿ではこの基準に基づき作成されたデータを利用した。

(注3) 中継系電気通信事業者は、電話、専用、データ伝送サービスの複数サービスを提供し、地域系電気通信事業者の過半数以上は、専用サービスのほか、電話、データ伝送又は総合テイジタル通信網サービスを提供している。

(注4) 電話サービスと専用サービスの比率を収入比率で測った場合、専用サービスを1とすると、1995年度で東京地域通信事業部が8.4、四国地域通信事業部が13である。

(注5) CATV事業者による電気通信サービスの提供については、既に第一種電気通信事業としての許可を得ているところであるが、今回の推計期間の終期である1995年度末時点では電気通信サービスの提供は開始されていない。

(注6)東西2社とは、東が北海道、東北、関東、東京及び信越地域通信事業部、西が東海、北陸、関西、中国、四国及び九州地域通信事業部に対応する。

(注7) 地域電話会社の適正な数については、今回の費用関数からみた効率性のほか、会社の採算性、将来のネットワーク高度化の地域間格差に対する措置等、他の考慮すべき項目がある。

(注8) 例えば、ユニバーサル・サービスの問題を考えるに当たって、ユニバーサル・サービスのコストとは何かを把握する必要がある。この場合、どの地域が不採算地域にあたるのかを判断するに際し、11の地域別データはもちろん、より詳細な細分化された費用情報が不可欠である。

参考文献

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伊藤成康・中島隆信[1993] 「電気通信産業の実証分析」奧野正寛・鈴村興太郎・南部鶴彦編  『日本の電気通信』第7章 日本経済新聞社

衣笠達夫[1995] 『公益企業の費用構造』 多賀出版

黒田昌裕[1986]『実証経済学入門』日本評論社

電気通信審議会[1990] 「日本電信電話株式会社法附則第2条に基づき講ずるべき措置、方策等 の在り方」答申

電気通信審議会[1996] 「日本電信電話株式会社の在り方について−情報通信産業のダイナミズ ムの創出に向けて」答申

中島隆信・八田恵子[1993] 「わが国電気通信産業の経済性分析」『郵政研究レビュー』第4号 pp22-40.

Baumol,W.J.,J.C.Panzar and R.D.Willig[1988],Contestable Markets and the Theory of Industry Structure,Hiarcourt Jovanovich,Inc.

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Glass,J.C and D.G.McKillop[1992],"An Empirical Analysis of Scale and Scope Economies and Technical Change in an Irish Multiproduct Banking Firm,"Journal of Banking and Finance, 16.pp423-437.

Huber,P.W.,K.M.Kollog and J.Thorne[1992],The Geodesic Network U:1993 Report on Competition in the Telephone Industry,The Geodesic Company.

Röller,L.H.[1990a],"Modelling Cost Structure:The Bell System Revisted,"Applied Economics Vol.22,pp.1661-1674.

Röller,L.H.[1990b],"Proper Quadratic Cost Function with an Application to the Bell System,"Review of Economics and Statistic,Vol.72,pp202-210.

Shin,R.T and J.S.Ying[1992],"Unnatural Monopolies in Local Telephone,"RAND Journal of Economics ,Vol.23,No.2,Summer,pp171-183.

Sueyoshi,T[1996],"Divestiture of Nippon Telegraph and Telephone,"Management Science. Vol.42,No.9.pp1326-1350.




補論 範囲の経済性

 本論においては、通常のトランスログ型費用関数を推計し、広範な領域で劣加法性のローカル・テストを行い、NTT地域通信事業の費用関数が劣加法的ではない領域が多数存在することを示した。補論では、劣加法性の必要条件である範囲の経済性の有無を検定する。電話サービスY1、専用サービスY2において、(A-1)式を満たす場合、範囲の経済性があるとされるが、これには一方の生産物の生産量がゼロの際の費用を計測する必要がある。このため、費用関数の推計に当たっては、Y=0又はY=0を許容する一般化トランスログ(generalized translog)型費用関数を使い、範囲の経済性の有無を検証する。

 TC(Y,Y)<TC(Y,0)+TC(0,Y)                              −(A-1)

 一般化トランスログ型費用関数は、(A-2)式より、Y及びYに関して、ボックス・コックス変換を行ったものである。θ→0の場合には通常のトランスログ型関数となることから、一般化トランスログ型関数は、通常のトランスログ型関数より一般性を有する。

   (Yθ−1)
 lim─────=lnY                                         −(A-2)
θ→0   θ

 推計に当たっては、(A-3)式及び(A-4)式の一般化トランスログ型の費用関数及び労働シェア方程式を並立させ、最尤法で推計する。

           (Y1θ−1)      (Y2θ−1)
lnTC=α+αY1 ─── +αY2 ────  +αlnP+αlnP
             θ          θ

             (Y1θ−1)     (Y1θ−1)(Y2θ−1)
     +1/2βY1Y1 ─── + βY1Y2──── ────
                θ          θ     θ

              (Y2θ−1)
     +1/2βY2Y2 ──── +1/2γLL(lnP)+γLKlnPlnP
                θ

                         (Y1θ−1)        (Y2θ−1)
     +1/2γKK(lnP)+δLY1lnP──── +δLY2lnP────
                           θ             θ

             (Y1θ−1)         (Y2θ−1)
     +δKY1lnP ──── +δKY2lnP  ───                     −(A-3)
               θ                θ

                         (Y1θ−1)     (Y2θ−1)
=α+γLLlnP +γLKlnP+δLY1 ──── +δLY2 ────          −(A-4)
                            θ           θ

 なお、ここでは、平均を1とする基準化したデータによる推計結果を行った。

 範囲の経済性は、(A-5)式を満たすとき存在すると判断され、基準点におけるScopeは、(A-6)式のとおり表すことができる。

Scope={TC(Y,0)+TC(0,Y)−TC(Y,Y)}/TC(Y,Y)>0
                                                     −(A-5)

Scope={exp(α−αY1/θ+βY1Y1/2θ)+exp(α−αY2/θ+βY2Y2/2θ)
     −exp(α)}/exp(α)                                 −(A-6)

 (A-3)式、(A-4)式を最尤法で推計した結果が、次の図表である。なお、本論の推計では、地域特性を示すダミーを加えているが、地域特性ダミーは今回の推計では有意ではなく、ここでは含めていない。

図表 推計結果
  推計値  標準誤差
α
αY1
αY2
α
βY1Y1
βY1Y2
βY2Y2
γLL
δLY1
δLY2
θ
  8.598400   (0.033024)
  0.716932   (0.211535)
  0.013167   (0.157028)
  0.311214   (0.008052)
 -0.170671   (0.837630)
  0.004643   (0.669757)
 -0.099393   (0.594725)
 -0.214873   (0.029162)
 -0.005245   (0.018321)
 -0.030590   (0.016302)
  0.014332   (0.363176)
 
 (A-3)式 修正済み決定係数 0.98662
 
 (A-4)式 修正済み決定係数 0.72573
 
 
 
 
 
 
 

 一般化トランスログ型費用関数では、有意ではない変数が多いが、事前に制約を課した一次同次性、対称性の制約のほか、総費用関数が生産要素及び生産量の非減少関数であること、生産要素価格の凹関数であるという費用関数の適正性の条件は、44サンプルすべてにおいて満たされている。

 図表の推計値を利用して求めたScopeの値は、-0.60099と負の値であり、範囲の経済性が存在せず、劣加法性の必要条件が棄却される。このScopeの値は、Wald検定の結果、対立仮説Scope>0に対して、Scope=0の帰無仮説を棄却できない。範囲の経済性の存在は、Scope>0の際に認められることから、この場合でも、範囲の経済性が存在しないと解釈することができる。補論における範囲の経済性の検証は、本論で行ったローカル・テストを広範な領域で行うのではなく、観測点近傍のみの検証である。しかし、局所的な検定ではあるが、範囲の経済性の存在自体が否定された。

 なお、補論では、範囲の経済性を検定する目的から、生産量のいずれかにゼロを含めるため、一般化トランスログ型費用関数を推計したが、θの値自体はゼロに近く、また、θ=0の仮説を棄却できない。このことから、NTT地域通信事業の費用関数の推計に当たっては、通常のトランスログ型費用関数の推計で差し支えないと解釈できる。