3. 移動体通信サービスの特徴とそれに対する需要について



3.1. 主成分得点によるサービスの特徴の表現

消費者ニーズの高度化・多様化、技術進歩、及び規制緩和を背景にした移動体通信市場における競争の進展は、利用料金の絶対水準を引き下げるとともに、利用者が選択できる料金プランの多様化をもたらしている。

 現在、移動体通信事業者の提供している料金プランを大きく二分すると、基本料金が比較的高めに設定されているが、通話料が比較的安く設定されている「標準型プラン」と、基本料金は低いが、その分、通話料が高めに設定されている「ローコールプラン」とに分割することができる。

 1997年12月に全ての移動体通信事業者を対象に実施したアンケート調査によって得たデータに基づいて料金プランを分類することを考える。但し、アンケートでは、料金プラン種類別に、平日昼間の通話料金、深夜早朝の通話料金、及び基本料金の三種の料金データが得られているが、raw dataのままでは、当該料金プランの特徴(「他料金プランと比較してどの程度の料金水準か」「他料金プランと比較してローコール性の強さはどの程度か」)を判別することが困難であるので、主成分分析の手法を利用した分析を行う。

 料金プランの特徴を表現する主成分得点を得るための、具体的な作業手順は次のとおりである。アンケートによって平日昼間と深夜早朝のふたつの時間帯のそれぞれに適用される通話料金、及び、対応する基本料金の情報が得られているから、まずこれら三つの利用料金成分に対し主成分分析を行い、利用料金の水準を表す主成分得点と、ローコール度(標準度)の強さを表現する主成分得点を算出し、分析を行うことにする 。



3.2. 主成分得点の計算

 アンケートで得られた携帯電話サービスとPHSサービスの双方の通話料金のデータに関して主成分分析を行った結果は表 3-1から表 3-4のとおりである。第一主成分は固有ベクトルが全てプラスであるから、当該料金プランの全般的な水準を示す指標(「利用料金水準」)となっており、他方、第二主成分については、通話料金に関する固有ベクトルがマイナスで基本料金に関する固有ベクトルがプラスになっているため当該料金プランの標準度の強さ(当該料金プランが、どの程度、基本料金を高く設定し、通話料金を低廉に設定しているかの度合い)を示す指標(「標準度 」)となっていることがわかる。ちなみに、3つめの主成分に関しては、深夜早朝の通話料金に関する固有ベクトルがマイナスでその他はプラスになっていることから、深夜早朝割引の度合いを示す指標であると解釈できる。

表 3-1 各料金の統計値(n=112)

表 3-2 各料金の相関行列(n=112)

表 3-3 主成分の固有値と寄与率(n=112)

表 3-4 固有ベクトル(n=112)



3.3. 移動体通信サービスに関する需要の分析

 こうして得られた「利用料金水準」と「標準度」の両主成分得点に従って、移動体通信サービスに対する需要を分析する。まず、前節で求めた指標で各料金プランのポジショニングを示したのが図 3-1である。これによれば、利用料金水準に関しては、携帯電話とPHSは明らかに異なる水準に位置しており、標準度に関しては、携帯電話サービスが標準型プランとローコールプランに大別されるのに比較して、PHSは携帯電話の両タイプの中間に位置するという結果が得られている。このことから、「料金の多様性をある程度犠牲にしても、料金の低廉化を追求しているPHSサービス」と「料金水準は比較的高めであるが、料金プランの多様性をセールスポイントにしている携帯電話サービス」という姿が示される。さらに、標準度に関して言えば、PHSサービスは携帯電話サービスの二グループの中間にちょうどポジショニングをとっていることが特徴的である。



図 3-1 主成分による料金プランの分類

図 3-1に各料金プランに対する需要の情報を加えたのが図 3-2である。図の底面における各料金プランの位置関係は図 3-1と共通であり(ただし、指標の区切り方が粗くなっている)、需要は図の中央部に集中していること、及び、さらに詳細にみてみると、移動体通信サービスに対する需要は3つのピークを持っていることが示されている。図の右手前にある二つのピークが移動体通信サービスに対応し、左奥に位置するピークがPHSサービスに対応している。


図 3-2 移動体通信サービスへの需要

 図 3-2をより評価しやすくするために、「利用料金水準」軸あるいは「標準度」軸に沿って図を集約したのが図 3-3である。

 まず、利用料金水準を横軸にとった図において、PHSと携帯電話の需要が別個のピークを形成していることは、「料金が安い携帯電話」としてのPHSサービスのマーケティングが新規需要の掘り起こしに一定の程度成功した姿を示している。

 次に、標準度を横軸にとった図で携帯電話の需要を観察した場合、標準型プランとローコール型プランのふたつのピークがあり、また携帯電話の需要分布を全体として見るとかなりの裾野を持っていることがわかる。最大の需要グループはやや標準度の小さい(つまりややローコール的な)料金プランに集中しているが、標準型プランにもかなりの需要が集中しており、携帯電話サービスの提供する料金プランの多様性が功を奏している結果が示されている。一方、PHSサービスへの需要を単独で観察すると極めて幅の狭い分布となっており、その需要のピークはローコール型の携帯電話に隣接しつつ、かつ携帯電話サービスの需要のピークの間に位置している。

 これらのことは、「先行の携帯電話事業者は、料金水準よりもむしろ、料金プランの多様性を中心に消費者への訴求を考え、標準度軸方向に広い需要を獲得した。しかしながら、現実には、全般的な料金水準さえ十分に安ければ、特に料金プランの多様性は問わないという需要層が存在し、後発のPHSサービスはそのセグメントを対象にしたマーケティングを展開し、全般的な料金水準の低さを武器として市場浸透を果たすことに成功した。」という姿を反映していると解釈できよう。さらに、後発のPHS各社がローコール型の携帯電話サービスの需要のピークにほぼ合致させた標準度をもつサービスを提供しているという点を強調すれば、ホテリングの立地競争的な均衡が成立し、「製品差別化最小の原理」が成り立っていると見做すことも可能であろう。


図 3-3 移動体通信サービスへの需要(利用料金水準、標準度別)

 全体として見た場合、携帯電話とPHSのサービスは一定の棲み分けを行っているという結果が得られており、利用者の観点からみると、PHSサービスの導入は、移動体通信サービスに対する選択可能性の拡大という意味があったことになる。


  1. ちなみに、携帯電話サービスとPHSサービスの区別は特に行わない。これは、(i)両サービスに関して別々に主成分分析を行うと算定された主成分得点間の比較可能性が失われること、(ii)PHSサービスは、携帯電話サービスの廉価版としてマーケティングされてきたという経緯があること、という二点を考慮した結果である。

  2. その料金プランが標準的であるということではなく、各事業者が「標準プラン」と命名している料金プランの傾向(基本料金が高く、従量制通話料金が安い)が強いことを意味していることに注意されたい。


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