5. 各サービスに関する計量分析I


本節では加入者数を被説明変数として重回帰分析を試みる 。推定に使用する説明変数としては、アンケートで得られたデータに加えて、郵政研究所調べの財務データ等も使用している。


5.1. データの特性

今回の推定に使用したデータは大きく分ければ、(1)事業者を単位として把握できるもの、(2)提供サービスの技術的特性毎に把握できるもの、(3)具体的な料金プランを単位として把握できるもの、という3つのグループに分類することが出来る。

表 5-1 利用可能なデータ



5.2. 推定のフレームワーク

先に述べた利用可能なデータの特性を考慮して、今回の加入数を被説明変数とする重回帰分析は次の2つのレベルで行う。なお、関数形についてはいずれも最も単純な線形モデルを採用し、推定方法としては最小自乗法を利用した。

5.2.1. 事業者別モデル
各事業者の加入契約者数を被説明変数として、事業者の営業努力とエリア展開が加入者数に及ぼす影響を分析する。

5.2.2. 料金プラン別モデル
各料金プランの技術特性を考慮しつつ、サービス毎の加入契約者数を被説明変数として推定を行う。 また、説明変数の取捨選択の基準としては、説明変数間の相関係数の大きさ(多重共線性を避けるため)、及び偏回帰係数に対するt検定(有意水準5%)を用いた。



5.3. 推定結果と分析

5.3.1. 事業者別モデル
 本モデルでは、事業者の加入契約数を被説明変数として重回帰分析を試みる。被説明変数である加入契約数としては1996年度の新規加入契約数(ネット)を考慮するというオプションと1996年度末時点の累積加入契約数を考慮するというオプションとがありうる。一方、説明変数には、広告宣伝費や雑費といったフローを示す数値と人口カバー率といったストックをあらわす数値の双方が存在する。
 フローの数値が説明変数にあることを前提とした上で、被説明変数として、いずれのオプションをとるのがこの場合適当であるかは、加入者の流動性の大きさをどの程度と考えるかに依存する。すなわち、契約解除・締結に対するコストが些少である等の理由で契約変更に関する加入者の流動性が無限大(契約変更に対する抵抗力がゼロ)場合であれば、加入者が現在サービスを受けている事業者に加入し続けているということは、当該事業者の(いままでの蓄積ではなく)その年度の経営努力の賜物であると解釈できるため、累積加入者数を被説明変数として設定するのが適当であるということになる。

  逆に、契約変更に関する加入者の流動性がゼロである場合には、1996年度の新規加入契約数(ネット)を被説明変数として取り上げるのが相応しいという結論になろう。1996年度当時を振り返ってみた場合、携帯電話及びPHSサービスには新規加入料金が設定されてはいたものの、激烈な加入者獲得競争により、端末料金と新規加入料金が合計でゼロ円とされる例も見られるなど、ユーザにとって契約の変更に必要なコストは極めて小さかったであろうことを考慮すれば、契約変更に関する加入者の流動性はかなり大きかった可能性がある。しかしながら、契約事業者を変更することは、電話番号の変更、メモリーの更新を必要とするため、ユーザにとって、契約変更が全くのコストレスということはありえない。結論として、契約変更に関する加入者の流動性は無限大とは言えないもののゼロよりはかなり大きかったと解することが妥当である。そのため、本節の分析においては、基本的に累積加入者数を被説明変数Yとして(1)式による重回帰を試みる。


次に本モデルにおいて検討する説明変数xiは、以下のとおりである。

 広告宣伝費用と雑費は事業者の営業努力を示す指標である。有形固定資産残高(期央)、人口カバー率の最大値、面積カバー率の最大値は事業者のエリア展開を示す指標である。広告宣伝費用、雑費、有形固定資産残高(期央)については、営業地域の人口で除して一人あたりの金額として説明変数に導入する。一方、有形固定資産残高(期央)、人口カバー率の最大値、面積カバー率の最大値については相互の相関が高く、そのまま重回帰分析の説明変数に導入した場合、多重共線性の問題を生じる恐れがある。そのため、本モデルでは、主成分分析を行い、エリア展開についての主成分得点を導出し、説明変数として用いた。主成分分析の結果を表 5-2〜表 5-5に示す。

表 5-2 各料金の統計値(n=58)

表 5-3 各料金の相関行列(n=58)

表 5-4 主成分の固有値と寄与率(n=58)

表 5-5 固有ベクトル(n=58)

 第一主成分は固有ベクトルが全てプラスであるから、当該事業者のエリア展開の全般的な水準を示す指標(「エリア規模」)となっており、他方、第二主成分については、有形固定資産に関する固有ベクトルがプラスで両カバー率に関する固有ベクトルがマイナスになっているため事業者の設備の集中度を示す指標(「設備集中度」)となっていることがわかる。ちなみに、3つめの主成分に関しては、面積カバー率に関する固有ベクトルがプラスでその他はマイナスになっていることから、サービスのつながりやすさと密接に関連するエリア密度の指標であると解釈できる。

 さらに、各事業者のカバーする営業地域の一人当たり県民所得を説明変数に加え、また、携帯電話とPHSの違い、NTTグループ企業であるか否かが加入者数に及ぼす影響についてもダミー変数として考慮することとしている。但し、最終的な説明変数の取捨選択に関しては、有意水準を5%としたt検定に因る。 まず、携帯電話事業者とPHS事業者を区別しないで推定を行った結果を表 5-6〜表 5-8に示す。

表 5-6 回帰統計(携帯電話事業者とPHS事業者を区別なし)

表 5-7 分散分析表(携帯電話事業者とPHS事業者を区別なし)

表 5-8 偏回帰係数(携帯電話事業者とPHS事業者を区別なし)

 販売促進費を多量に投入し、エリアの拡大を積極的に行い、設備投資を積極的に行う事業者ほど、さらに当該地域でサービスを長期にわたって提供してきた事業者ほど、加入者数の獲得に成功しているという直感とも齟齬のない結果が確認された。

 ここで得られた分析をより精緻化するために、全標本をある属性に基づいて分類し、グループ毎に通話支出関数を推定することを試みる。分類のやり方によっては推定に必要な標本数が得られない場合や、非推移的な関係が成立する場合があるが、本稿ではF検定 の結果を参考にしつつ、携帯電話事業者とPHS事業者の別、及び、NTTグループに属するか否かによって標本を以下のとおり分類する。

表 5-9 標本分類

 第一グループであるNTTグループに属する携帯電話事業者(NTTドコモグループ)に関する推定結果は表 5-10〜表 5-12のとおりである。

表 5-10 回帰統計(第一グループ)

表 5-11 分散分析表(第一グループ)

表 5-12 偏回帰係数(第一グループ)

 NTTドコモグループの中での加入者獲得数の多寡は、単に販売促進費によって説明可能であることが判明した。すなわち、 NTTドコモグループの事業者はいずれもすでにエリアがかなり充実しているため、エリアでは差がつきにくく、他の要因で差がついているものと思われる。

 次に第二グループに関する推定結果は表 5-13〜表 5-15の通りであり、広告宣伝費と販売促進費及びエリア展開がこのグループ内での加入者獲得に影響を及ぼしていることがわかる。

表 5-13 回帰統計(第二グループ)

表 5-14 分散分析表(第二グループ)

表 5-15 偏回帰係数(第二グループ)

 ここで説明変数として掲げられている「エリア規模」は、NTTグループに属さない携帯電話事業者(第二グループ)を全標本として、その有形固定資産の期央残高、最大面積カバー率、及び、最大人口カバー率という3つの数値に主成分分析を行った結果得られたもので、固有ベクトルの値は若干異なるものの、その意味するところは先に示した同名の説明変数と同じである。ちなみに、主成分分析の結果は表 5-16〜表 5-19の通りとなっている。

表 5-16 エリア関連指標の統計値(n=21)

表 5-17 エリア関連指標の相関行列(n=21)

表 5-18 主成分の固有値と寄与率(n=21)

表 5-19 固有ベクトル(n=21)

最後に、第三グループに属するPHS事業者を対象として重回帰分析を行った結果を表 5-20〜表 5-22に示す。

表 5-20 回帰統計(第三グループ)

表 5-21 分散分析表(第三グループ)

表 5-22 偏回帰係数(第三グループ)

5.3.2. 料金プラン別モデル
 本モデルでは、各サービスの加入契約数(累積加入契約数/人口)を被説明変数Yとして(2)式のような重回帰分析を試みた。


 説明変数xiとしては、ダミー変数を含めて以下の変数を検討した。「地域〜」とは、外部性を考慮したもので、地域で営業している事業者の数値の合計である。

  ここで、変数間の多重共線性の問題を排除するために、それぞれの相関が0.8以上のものに関して説明変数の取捨選択を行った。

表 5-23 相関行列

上記の7つの説明変数を用いて重回帰分析を実際に行うと、デジタルダミーとサービス提供期間に関しては、t値が低いことから、それ以外の5つの変数で、重回帰モデルを構築した。

表 5-24 回帰統計

表 5-25 分散分析表

表 5-26 偏回帰係数

このモデル式から得られる知見としては、

(1)料金水準が低いサービスほど契約獲得に有利。
(2)エコノミープランの方が標準型プランよりも契約獲得に有利。
(3)面積カバー率が大きいサービスほど契約獲得に有利。
(4)トップシェアを誇るNTTドコモグループ、DDIポケット電話グループの提供するサービスほど契約獲得に有利。
といったものが挙げられる。

 このうち、(1)と(2)の料金に関しては、低廉化とバラエティという二つの方向があるが、低廉化に関しては、現在も低下傾向にはあるが、ある程度値下がっているため、これまでのような大幅な値下げは難しくなってきている。従って、今後需要増加やシェア獲得のための決定的なポイントとしては考えにくい。

 料金のバラエティに関しては、新しいプランを出す余地はないとは言えないが、料金プランの選択肢が多すぎると、ユーザーにとって判断が難しくなってしまう恐れがある。

(3)の面積カバー率についても、単なるエリアの広さということだけではなく、エリア内における不感地帯の解消も重要なポイントとなってくる。

(4)に関しては、サービスそのものに関しては、事業者間でほとんど差はなく、NTTドコモグループの有意性は、先行していたこと、ブランド力があること、新しいサービスや端末をいちはやく投入できること、全国一気にサービス展開できたことなどが考えられる。

DDIポケット電話グループの優位性については、500mWのアンテナをいちはやく投入し、広いサービスエリアを確保したことも大きいと考えられる。



  1. 具体的な推定においては、各事業者の規模の差による影響を捨象するために、加入者数を営業地域の人口で除して10000人あたりの加入者数として用いる。

  2. 販売促進のための費用であるいわゆる「インセンティブ」は雑費に含まれていることが多いと考えられる。従って、本稿では雑費を販売促進費のパラメータと仮定して議論を行う。

  3. F検定についての詳しい解説はPindyck&Rubinfeld[1981],p.123に見ることができる。


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