6. 各サービスに関する計量分析II



6.1. モデルの考え方

 第3節では地域の普及率を説明するモデル(時系列ロジスティックモデル)、第5節では各社の加入数を説明するモデル(会社別モデル)、各料金プランの加入数を説明するモデル(プラン別モデル)を作成した。

 これらのモデルでは、ある事業者のある料金プランの加入数が決定される要因のうち、地域(営業エリア)の特性、当該料金プラン(事業者)の特性の2つについて検討している。しかし、現在どの地域でも複数の事業者が参入しているため、実際には第3の要因として、地域内競合他社(他プラン)の特性が考えられる。 事業者間、あるいは料金プラン間の競争は、営業エリアを同じくするものどうしでのみ生じるため、競争に関する分析は営業エリア毎に行う必要がある。しかし、各グループ毎に営業エリアは厳密に一致しておらず、一方で分析に利用できるデータは事業者毎、プラン毎にしか得られていない。

 第5節では競争の考慮よりも入手できる分析用データの制約を重視して、重回帰モデルを構築したが、ここではデータの一部に推計や仮定を置くことによって制約条件を緩和することにより、新たに地域内のシェアを説明する競合モデルを考える。



6.2. 推計方法

 競合モデルの式形としては、多肢選択ロジットモデルを採用する。 多肢選択ロジットモデルでは、個人がJ個の離散的な選択肢から選択肢iを選ぶのは、その選択肢によって与えられる効用Uiが他の選択肢によって与えられる効用よりも大きい場合、すなわち、iとは異なる全てのjについてUi>Ujであると仮定される。Uiが確定していれば、同じ属性を持った個人が選択する選択肢は全て同じとなる。しかし、ここでUiが確率的に変動するとすれば、個人がiを選択する確率Piは(3)式で与えられる。


次に、選択肢iの与える効用を観測可能な要因による確定項Vと観測不可能な要因により確率的に変動する部分εに分けて(4)式のように表現する。

ここで、Xiは選択肢iの特性、Sは個人の社会経済的属性、βは未知のパラメータである。さて、確率項εの分布は様々なものが考えられるが、ロジットモデルではガンベル分布を仮定する 。その結果、Piは(5)式のようになる。


(5)式が多肢選択ロジットモデルであり、本稿の取り扱うケースにこれを応用すると、ある料金プランiの累積加入数の地域A内シェアWiは結局以下の(6)式で与えられることになる。集計値に対して適用するので、個人属性に関わる項は存在しない。


ここでVを(7)式のような線形式として特定化する。但し、x1〜xnはiの特性を表す変数である。

(5)式が地域を問わず同じ形(係数)であると仮定すると、地域A、B、C、・・・についてその地域内のある事業者または料金プランjを用いて、

として線形化することが出来る。これに最小二乗法を適用して(7)式の係数を求める。 被説明変数としてはアンケートから得た料金プラン毎の加入数を対象営業エリアの携帯電話及びPHSの合計加入数で除したシェアを用いた。

 各グループ毎に営業エリアの区割が一致していない点については、不一致部分の全体への影響が少ないと考えられること、精度を期待できる計算方法がないことから、今回は全てグループの営業エリアがNTT ドコモグループの営業エリアと一致するものとみなして計算を行った。ただし、営業エリアが関東と東海の両方である日本移動通信と、九州と沖縄が別事業者になっているセルラー電話及びアステルについては営業エリアと一致させるために分離または統合を行っている。

説明変数xiとしては、以下のものを検討した。

最小二乗法で計算を行うために各地域で基準とする(シェアの比の分母とする)料金プランは、各地域で最も大きなシェアを持つ料金プランであるドコモグループのプランBとした。ただし、データの制約から一部地域では別のプランを用いている。



6.3. 推定結果と分析

料金プラン毎のデータは、ばらつきが極めて大きい。そこで、

  • PHS
  • 時間限定プラン(NTT DoCoMoのドニーチョ等)
  • A事業者のaプラン(特に加入数が少ない)

    については推計に当たってDummy変数を利用を検討することとした。 特に携帯電話の料金プランは多様化がすすんでおり、通話時間が長い需要層にとっては通話料金が割安な標準的料金プランの方が格安になるが、通話時間が短い需要層にとっては基本料金が割安なローコール的料金プランのほうが格安になる。つまり、標準的料金プランとローコール的料金プランを一つの効用式で扱った場合、計算された効用でどちらかが大きいとして扱うのは適切ではない。この問題は、集計ロジットモデルでは、個人の属性(この場合は通話量)を考慮して計算することが難しいことによっている。

     第3節で示したように、アンケートから得られた料金プラン別の基本料金、平日昼間通話料金、深夜早朝通話料金について主成分分析を行うと、第二主成分としては基本料金と通話料金の符号が異なる主成分が現れる。この第二主成分による得点によって標準的料金プランとローコール的料金プランに分類することが出来る。

     従って、標準的プランとローコール的プランの間の問題に対応する計算上の方法としては、これらのグループ毎に効用式を推計し、これによってみかけ上標準的プランとローコール的プランを競合させることが考えられる。

    そこで、今回の競合モデルの検討に当たっては第二料金成分(標準度)の正負によって、グループ分けして効用式の推計を行った。


  • 6.3.1. 標準的プランのみによる回帰
     料金に関する主成分分析の第二主成分で、標準的料金プランと判定されたプランについてのみ計算を行った結果を表 6-1〜表 6-3に示す。なお、PHSは全てローコール的料金プランに含まれており、標準的料金プランには含まれていない。

     符号条件と5%のt検定有意水準を条件に説明変数を選択した結果、面積カバー率とA事業者のaプランダミーのみが残った。自由度修正済み決定係数は0.698であった。

    表 6-1 回帰統計(標準的プラン)

    表 6-2 分散分析表(標準的プラン)

    表 6-3 偏回帰係数(標準的プラン)

    5.2.1で有意な説明変数として採用した雑費(販促費)や広告・宣伝費が競争を考慮したモデルでは採用されていない。

    表 6-4 回帰統計(ローコール的プラン)

    表 6-5 分散分析表(ローコール的プラン)

    表 6-6 偏回帰係数(ローコール的プラン)

     決定係数は、6.3.1に比べて低くなっている。また、料金水準が残っているのが対照的である。PHSダミーは有意とならなかった。

     これは利用者の選択基準が、標準プランでは料金よりも性能(面積カバー率)であるのに対し、ローコールプランでは料金も重視されていることを示している。これは表 6-3と表 6-6での面積カバー率に関する偏回帰係数の大きさの違いからも明らかである。



    1. 正規分布を仮定した場合はプロビットモデルとなる。プロビットモデルはパラメータの推計が煩雑になるため、正規分布近似のガンベル分布を用いたロジットモデルが広く用いられている。


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