7. おわりに


本稿に示した分析の結果得られた知見をまとめ、今後の移動体通信の課題整理を行う。


7.1. 移動体通信の普及状況

「移動体通信の普及状況について」における分析から、

  1. 急速に普及が進んできた移動体通信事業は既に普及速度のピークを過ぎつつあると考えられる。また、普及速度のピークはどの地域についても96年度前後であったと思われる。

  2. 最大普及率は全国で35.5%程度と思われる。また、推計した最大普及率は地域によって異なり、東京、名古屋、大阪を含む関東、東海、近畿では40%前後、その他の地域では30%前後となっている。地域内における違いも考慮しなければならないが、若年層の比率が高い都市部で最大普及率が高い傾向が推察される。

  3. 普及速度が最大になった時期の早さと、事業者が全て参入した時期の早さには相関が見られる。事業者が多く参入することによって競争が激化し、需要を掘り起こしたことをうかがわせる。

  4. 最大普及率までの相対的な普及速度は、他の耐久消費財と比較して極めて速い。
ことが明らかになった。今後移動体通信の普及は鈍化していくため、新規加入者の獲得競争から既存加入者の取り合いに競争の重点が移行していくことが予想される。




7.2. 事業者別の分析

事業者別の分析について、第5節及び第6節の分析結果からは、移動体通信事業者は表 7-1のような3つの類型に整理できる。

表 7-1 事業者の類型

 先行安定グループは、参入時期が早いためにエリアも充実している。従って、エリア展開においても単にカバー率を広げることを重視する段階は過ぎていると考えられる。アンケート調査に置いても、NTTドコモグループ以外の事業者は、現状では密度よりもカバー率を優先しているが、NTTドコモグループは密度を優先する割合が高くなっていた。特に商業地域で需要密度が高くなりすぎているため、商業地域でのエリア展開を最も優先している。このように、エリア展開でも将来の需要を見越した先行的な投資という面より、顕在化した需要への対応といった面が強いと思われる。

 加入者が増加するために、それを原資に設備投資(エリア充実)と料金値下げが可能となり、それがさらに加入者の増加に結びつく、という正の循環を生じている。

 このグループの事業者にとっては、将来も市場に残って競争していく力は十分に持っているため、現在の先行ポジションを維持しつつ、解約率の低下や乱売を抑制して、事業として収益を上げていくことが課題となる。

 具体的な方策としては、事業者別モデルで明らかになったように、販売促進に注力することによって既に優位なエリア等のサービスレベルを十分に活かすことが加入者獲得につながると思われる。 次に、後発追い上げグループは、事業の歴史が浅く、設備投資や料金値下げを他社に先行しては行う余裕がない。しかし、先行安定グループと加入者の獲得競争を繰り広げているため、遜色ないレベルにキャッチアップしていく必要がある。少ない事業体力で有効に競争力を確保するため、新通信方式の導入を見越して効果的な投資内容と投資機会を見極めていく必要がある。

 具体的方策としては、事業者別モデルから明らかになったように、広告宣伝、販売促進に注力するとともに、営業エリアの規模の拡大を図ることが重要である。

   最後に、新規参入グループは、市場での位置づけが未だ不安定である。従って、シェア獲得を狙って競争力を確保するまで先行的な設備投資を継続するか、事業体力にバランスした設備投資で時間をかけてキャッチアップするか、シビアな経営判断を問われる。電気通信業は設備産業ではあるが、近年では市場環境の変化スピードも速くなっている。従って、既存の蓄積がないことを逆手にとって最新の技術をいち早く取り入れて現在の市場環境に即したサービスを効率的に実現する、あるいは、データ通信等既存事業者と異なった分野での先行を狙うことが戦略として考えられるだろう。

 また、エリアで劣勢であることを補うために、販売促進に注力することによって、キャッチアップしていくための期間を確保することが重要となる。



7.3. 料金プラン別の分析

   料金プランの特徴とそれに対する需要に関する分析、加入数を説明変数とする料金プラン別分析、競争を考慮した料金プラン毎のシェアの分析から以下のことが明らかとなった。

 まずプランの種類については、多岐に渡る料金プランを展開する携帯電話とシンプルな料金プランのPHSという特徴が概観でき、それぞれに対する需要の分布から、携帯電話とPHSのサービスは一定の棲み分けを行っていること、従って、利用者の観点からみると、PHSサービスの導入は、移動体通信サービスに対する選択可能性の拡大という意味があったことが明らかになった。携帯電話についてみると、エコノミープランの方が標準型プランよりも契約数が多い傾向がある。

 料金プランの多様化は、プランに合致した利用者にとって値下げを意味するため、異なった通話特性を持つ利用者の開拓につながる。新たに獲得した利用者が事業者にとって収益を生む顧客層とは必ずしも限らないが、利用者の多様化は通話ピークの分散につながり、設備の有効活用にも寄与すると思われる。しかし、料金プランの選択肢が多すぎると、利用者にとって判断が難しくなってしまう恐れがある。最近では女性向けプランや長期契約割引とといったヒット商品も出ている。訴求力がある料金プランを利用者にわかりやすく整理していくことが求められる。

 料金の水準については、料金水準が低いサービスほど契約数が多いと言える。特に、ローコールプラン型では料金の影響が強いと考えられる。近年の料金水準の低廉化が加入者の増加に結びついたことは論を俟たないが、利用者にとってはほぼ満足できるレベルにまで下がってきたという見方もあり、特に料金水準が元々低かったPHSでは小幅な値下げによる加入者増への効果は小さくなってきているとも考えられる 。

 料金プランの分析において最も影響が強く出たのがカバー率であった。面積カバー率が大きい料金プランほど加入数が多い。PHSの加入数が携帯電話の加入数より小さいことは、エリアの狭さが大きな要因であると見られる。人口分布は偏っているため、後発の事業者も面積カバー率に比べて人口カバー率は大きく出遅れているわけではない。しかし、面積カバー率が大きな影響を及ぼすという今回の結果からは、移動体は必ずしも居住地(人口カバー率の計算に用いる)でのみ用いるのではない、という特徴が現れているとも言える。

 加入数を被説明変数とするモデルでは、トップシェアを持つNTTドコモグループとDDIポケット電話グループの提供するサービスほど契約数が多いとの結果が出た。トップシェアを持つ事業者は、利用者が多いことによるブランドイメージの向上、購買力の大きさによる端末メーカーへの影響力等で事業者自身のサービス内容以上の競争力を手に入れられる。DDIポケット電話グループの優位性については、500mWのアンテナをいちはやく投入し、広いサービスエリアを確保したことが大きいとの意見もあった。



7.4. 今後の移動体通信の課題整理

   今回の分析からエリア展開が加入者の獲得に重要であることが明らかになったが、エリア展開のための設備投資はどの類型の事業者にとっても大きな負担になっている。また、エリア展開は収益率が高い地域から順次行われるため、エリア展開に伴う事業者の限界的な収益増は逓減していく。従って、今後複数事業者の競争状態を維持しつつ、より一層のエリア展開を進めていくためには、無線局設備の設置支援、他事業者との鉄塔等のネットワーク設備の共同利用が有効と考えられる。

 さらに、普及速度が鈍化してくる市場環境を考慮すると、原価と無関係な端末安売りに過度に依存した競争状態から、それ以外のサービス内容も含めた競争状態への移行、端末メーカーと事業者間の適正な関係、業界全体の統一的な与信管理等の実現が利用者の便益を生む競争状態の維持にとって重要な課題となってくる。

 また、普及が飽和しつつあるといっても、利用者層は20代〜30代にかなり偏っているのが現状である。

 これは、この世代の加入意欲が強いことに加えて、通話量が多いため、事業者が重点的にマーケティングを行ったことの結果でもある。事業者の設備の有効活用の面からも、移動体通信の便益をより多くの人が享受できるようにするためにも、広い利用者層を満足させる料金プラン、サービス内容の実現が望まれる。例えば、端末の小型化は多くの利用者の利便につながっている一方、高齢者には使い難くなっているという指摘もある。

 PHSについては、電話としてだけではなく、データ通信サービスを充実させる等の方針が必要である。例えば、簡単な文章を端末間で送信できるサービスは、大変な人気となっている。このような独自サービスの展開で先行していくことが重要である。エリア展開についても、単に携帯電話に対抗してカバー率を広げるだけではなく、地下鉄や公共施設の構内等、PHSの強さを生かせる部分を強化していく選択肢もある。

 さらにPHSは事業面の問題として、ネットワークで他の通信事業者に依存する部分が大きくなっていることによる新サービス導入・エリア展開の複雑さ、アクセスチャージの負担等がある。他の通信事業者に依存することによって、迅速なサービス立ち上げとリスク分散ができた面がある一方、ネットワークの改造等において制約がある。後発の事業者にとってエリア展開がいかに速く出来るかは大きな問題である。従って、事業者間接続におけるコスト設定とサービス導入までのスピードアップが重要な要素となる。



7.5. 今後の課題

 アンケート調査実施時点ではバラエティに乏しかったPHSの料金プランも、多様化が進んできている。また、携帯電話についても一定時間までの通話に対しては低額制の料金体系をとるものや、長期加入者を対象とした割引も増加している。さらに、PHSについてはデータ通信のトラヒックが増加してきている。これらの変化を取り込んだ分析を今後行うことが期待される。

 加入数を説明変数とするモデル、競合を考慮したモデル構築を行ったが、必要なデータ毎に区分がサービスエリア毎、事業者毎、料金プラン毎とまちまちであったため、精度の高い計算が行えなかった。より詳細な分析を行うためには、データの体系的な整備が必要である。



  1. 期待する料金水準については、大石明夫「移動体通信の普及動向と通話支出」郵政研究所月報5月号が、期待する料金水準を現行との比較で見ている。これによると、比較的料金水準が高い携帯電話では、PHSに比べて現行より低い水準を期待する割合が高い。


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