3. 実証モデルとデ−タ

(実証モデル)

 パソコン普及の概要に見られた状態を参考に、賃金関数と人的投資としてのパソコン所有関数を以下のように考える。

y1=G(パソコンの所有の有無、賃金に影響するその他の変数) 1)
y2=F(賃金、パソコンの所有に影響するその他の変数)   2)

y1は賃金(具体的には世帯主の年収の対数値)、y2はパソコンの所有を示す変数である。したがって第1式は、パソコン所有という形での人的投資が、賃金の上昇という意味で収益を上げているかどうかをみることになる 13

第2式は、パソコン所有という労働者の人的資本に対する投資関数である。人的投資が賃金の他、どのような属性に影響されているかを見ようとするものである 。14

 パソコン所有に関する変数は、技術革新に積極的に対応している者かそうでないかということも表し、またhigh skillを代理し労働生産性を高めているということが期待される。ただし全消では、教育年数(学歴)と勤続年数を知ることができない。そのためにパソコン所有ダミーは、賃金関数に明示的には示されていない労働者の直接には観察することができないqualityを現わす変数と相関を持っている可能性がある。言い換えればパソコンを所有しているから賃金が高いというだけではなく、「パソコンの所有以前に」質の高い労働者(high skilled worker)がパソコンを所有しており、その効果も含まれている可能性には留意する必要がある。

 Krueger[1993]とDiNardo and Pischke[1997]は1)式のみをOLSで推計しており、パソコンと賃金の双方向的な因果関係をみていない。そのために1)式と2)式を本来は連立して推計すべきケースであるならば、連立方程式バイアスを生じている可能性がある。本稿のように賃金関数にパソコンの所有の有無、パソコン所有関数に賃金を明示的に考慮すればすれば、この問題は回避される。



(説明変数の取り上げ方)

 1)式において、賃金に影響する変数としては年齢とその二乗項をまず考える。男女間の賃金格差を見るために女性ダミ−を取り入れる。 非正規就業の効果を見るためにパートダミ−を併せて考慮する。企業規模間の格差を見るために企業規模ダミ−、及び産業間の賃金格差を見るために世帯主の勤務先産業ダミ−を取り入れる 。15

2)式でパソコン所有に影響を及ぼす変数としては、ここでも年齢及びその二乗項を考える。ある一定年齢までは新技術への対応が比較的容易であるが、加齢によりその対応が徐々に困難になることを検証するものである。勤務先産業ダミ−と企業規模ダミ−も取り上げる。子供の状態として就学期前、小中学生、高校生大学生の有無を取り上げる。パソコンを利用した教育という意味での子供に対する投資の可能性を考慮して、教育費の支出を考慮する。

これから具体的な実証モデルを以下のように定式化する。

 y1=constant+γ1y211age1+β12dage1+β13jyosei+β14part+β15mfi+β16lfi+β17xlfi   +β18minin+β19manufa+β110pubser+β111tracom+β112whasale+β113finsu   +β114reales +β115servi+u1     1)'


y2=constant+γ2y121age1+β22dage1+β23mfi+β24lfi+β25xlfi+β26minin   +β27manufa+β28pubser+β29tracom+β210whasale+β211finsu+β212reales+β213servi+β214youji+β215shochu+β216koudai+β217ledcst+u2      2)'


age1---世帯主の年齢 dage1---世帯主の年齢の二乗項/100。jyosei---世帯主が女性ダミ−。part---世帯主がパ-ト勤務ダミ−。mfi---世帯主の勤務先企業規模(30人〜499人) lfi---同(500人〜999人) xlfi---同(1000人以上)。29人以下が既定値である。minin---世帯主の勤務先産業(鉱業) manufa---同(製造業) pubser---同(電気・ガス・水道等) tracom---同(運輸通信) whasale---同(卸小売り等) finsu---同(金融保険) reales---(同不動産) servi---同(サ−ビス業)。建設業が既定値である。

youji---就学期前の子供あり shochu---小中学生あり koudai---高校生大学生あり。 その他が既定値である。ledcst---家計の教育費支出。u1、u2は誤差項(後述)

 なお賃金、年齢、教育費は全て対数値である。

パソコン所有で代理させる技術革新への対応、つまりhigh skillの修得が賃金を高めていれば1)'式のγ1 >0、賃金が人的投資を高めていれば2)'式のγ2 >0が期待される。これが本論文の検証しようとする課題である。γ1の値が預金金利等に比較して高ければ、パソコン所有は人的投資として捉えることができよう。



(サンプル)

実際の分析に当たっては2人以上世帯の民間職員(ホワイトカラ−)である者に限定した。また世帯主の年齢が20歳以上55歳以下の者とした。10代の若年層や高年層では労働市場の条件が異なると考えたからである。いずれの産業にも属さない他の産業も異例であるので、これに属する者も除いた 。16

この結果用いたサンプル数は13,066である。

 これらの記述統計量は表8に掲げるとおりである。

====表8====


  1. 人的投資と収益の関係を厳密に見るためには、パソコンの購入金額の他、パソコンに使用した時間とその機会費用、及び投資収益に当たる賃金上昇額を分析することが妥当である。しかし機会費用を直接知ることはできない。またクロスセクション分析であるので賃金の変化を捉えることもできない。その点一時点のパソコン所有と賃金の相互関係を見る本稿の分析は、一種の近似である。
  2. パソコン所有を示す2)式は、消費関数として考えることも可能である。これは教育が投資という側面の他に、消費の性格を併せ持つことと共通する。そして消費という性格が強ければ、1)式のパソコン所有で代理させた収益率は、他の市場利子率(ex. 預金金利)よりも低いであろう(樋口[1996] p.190参照)。労働白書[1997]の報告はそれに近い結果である。投資の性格が強いか消費の性格が強いのかをみる上でも1)式と2)式を連立し推計することが望ましいといえよう。
  3. 全消では、賃金に影響すると見られる教育歴と継続勤務年数を知ることができない。教育歴や継続勤務年数をを知ることができないので、過去に蓄積された人的投資の効果やskillがパソコン所有に及ぼす影響を知ることもできない。この点に留意が必要であることは前述の通りである。


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