4. 計量方法と推計結果

本論文では質的変数と連続変数を内生変数とするtwo-stage methodにより計量分析を行う(Amemiya[1979], Maddala[1983]参照)。以下Nelson and Olson[1978]による推定(詳細はAppendixを参照)とGLS推定の概要を説明する 。17

1) 計量モデル

Nelson and Olson[1978] による手法
1)'式、2)'式を簡単化のために以下のように書き換える。

     1)"

     2)"

このとき誘導型は、

      3)

     4)

y2*=1    if y2 >0

=0 otherwise

である 。18

 通常の同時方程式モデルとの違いは、内生変数の一つが連続変数ではなく、0、1の変数である点である。そのため、誘導型になおした4)式において、0、1の内生変数を外生変数で書き直した方程式をまず、周辺分布の尤度を最大化する係数を求める点と、2本の方程式の推定値の関係(下記のΠ2=Gα2)を用いる点が異なる。

とすると、

     3)'

     4)'

y2*=1 if v2>-XGα2 =0 otherwise

である。ただし、 とする。また より、II2=Gα2であることをもちいた。この時、

     5)

である。これが求める1)式の構造方程式の推定値である。これを求めるためには、H、即ちII2を導出しなければならない。そのため、誘導型になおした4)式において、0、1の内生変数を外生変数で書き直した方程式をまず、周辺分布の尤度を最大化する係数がΠ2である。尤度関数は、L(II2)である。よってこの時の対数尤度の一階微分より、II2が求まる 。

 次にα1の分散共分散行列を求める。

  から、 X'V(w1) X=cX'X+γ12X'XV0X'Xであることより、

     6)

を得る。ただし である。

 次に、α2を求める。II2=Gα2より、L(Π2, σ22)= であることから、 を用いて、α2を求めることができる。ただしこのときのG、即ちII1は、誘導型の3)式をOLS推定したものである。

 最後に、α2の分散共分散行列を求める。

であるから、 は、

     7)

、ただし である。

推定方法は以下の通りである。まず誘導型の1)"をOLSで、2)"をプロビットで推定する。
このプロビット推定によりV0を得る。次に 、を用いて、構造型をそれぞれOLS推定、プロビット分析し、 、の一致推定量を得る。

最後に、a1,a2 、 の漸近共分散行列はV0等を代入して求める。このように手順においては、通常の2段階推定とは、2)式、4)式においてプロビット推定する以外は大きな違いはないことになる。



GLS

 一方、Amemiya [1979]は、GLS推定を推奨している。通常の同時方程式モデルにおけるGLS同様に、操作変数を、y1 、y2 、Xとし,α1、α2を推定することになるが、通常のGLSとの違いは、y2が0, 1であるため、その分散共分散行列 V1, V2(下記参照)が、連続変数の場合とは異なる。Nelson and Olsonとの違いは、(w1, v2)なる誤差項の分散共分散行列が一般化される点である。

ただし とする。Xη1=w1である。Nelson and Olsonでは、このw1の分散共分散行列を一般化していない。このとき、

     8)

であり、η1の漸近分散共分散行列 V1は、w1の分散共分散行列と等しくなり、

V1=c(X'X)-112V0であるから

V(α1G)=(H'V1-1H)-1       9)

である。 は非負値定符号より、GLS推定量の方がefficiencyが高い。  同様に、 ただし とする。Xη2=v2である。このとき、 10) であり、η2の漸近分散共分散行列 V2は、

V2=d(X'X)-1+V0であるから、

     11)

である。 は非負値定符号より、GLS推定量の方がefficiencyが高い。

実際の推計は、II1, σ12,II2,をまず誘導型で推定し、両方程式の誤差項から、σ12を推定する。その後、X1に含まれていないもののX2に含まれているある変数x1の誘導型での推定値π1、X2に含まれていないもののX1に含まれているある変数x2の誘導型での推定値π2を用いて、 1=π12とする。同様に、X2に含まれていないもののX1に含まれているある変数x2の誘導型での推定値π2、X1に含まれていないもののX2に含まれているある変数x1の誘導型での推定値π1を用いて、 2=π2/π1とする。以上を用いてV1, V2を推定し、α1G,α2Gを推定する。




2) 推計結果

推計結果は表9に掲げる通りである。Nelson and Olsonによる推計結果をケース3、GLSの結果をケース4とする。比較のために同時性を考慮しないOLSによる賃金関数(パソコン所有を考慮しないケ−ス1、及びパソコン所有を考慮するケ−ス2)の推計結果も併せて紹介する。



(パソコン所有と賃金の同時性を考慮しない場合)

ケ−ス1とケ−ス2とでは、パソコン所有ダミ−の係数以外では大きな差はない。パソコン所有ダミ−の値は0.06と正であり、かつ1%水準で有意である。モデルの定式化が異なるので一概に比較することはできないが、Krueger[1993]と同様に、我が国のホワイトカラ−についても、パソコン所有で代理される技術革新への対応、high skillの修得が賃金を高めていることが示唆される。  ただしこの結果だけでは、DiNardo and Pischke [1997] の高度の技術を持つ人や高賃金を得ている人にコンピュ−タ−が配備されたからコンピュ−タ−の利用が高賃金として現れているという、見かけ上の問題であるという批判には十分答えることはできない。そこで、賃金とパソコン所有を同時に考慮したケ−ス3についてみることにしたい。



(賃金とパソコンの相互関連) Nelson and Olson [1978] によるケース3と、Amemiya [1979]のGLSによるケース4で結果は大きく異なるところはない。以下ケース3を基に報告する。

 賃金関数のパソコン所有は1%水準で有意に正である。その値は0.19とケース2の0.06よりかなり高くなっている 。20

Krueger[1993]の0.19(p52,colum6)とほぼ同じである。パソコン所有関数の賃金も1%水準で有意に正である。その係数は0.24であり、マージナル効果は0.07である。

   この推計結果は、(パソコン所有で代理させた)技術革新への積極的対応やskillの差が賃金に反映されており、それは19%に上ることを示唆している。労働白書[1997]の示唆とは逆に、技術革新への積極的対応が十分に報われていることが明らかとなった。またその収益率の高さから、パソコン所有は消費というよりは人的投資として捉えることができると言えよう。

 我々の分析は、より賃金の高い人が(パソコン所有で代理させた)技術革新に積極的に対応するために、人的投資を行っていることを示している。マージナル効果からすれば、賃金格差が個人の積極的な新技術への対応に与える影響は無視できないものがある。

 もちろん教育歴や勤続年数が明示的に考慮されていないので、観察されない労働者のqualityの差が、このパソコン所有に反映されている可能性に留意する必要はある 。21

しかしそれを踏まえたとしても、新技術への対応と賃金の相互関連は重要な意味を持つと言いうる。  このような新技術への積極的対応が賃金を上昇させると共に、高賃金が新技術への対応を促すという相互関連は、労働者に大きな影響を与えるものと言えよう。イノベーションの促進に必要な、技術革新への積極的対応が賃金を上昇させるという、インセンティブメカニズムが機能しているからである。それはまたマクロ的には、労働者の積極的な対応が経済構造の転換の基礎となり、成長へとつながるからである 。22

以下賃金関数とパソコン所有関数のその他の説明変数について若干付言する。


(賃金関数)

 賃金関数についてみると、年齢の1次項は正で、2次項は負で、各々1%水準で有意である。この年齢が非線形に影響するということは、ある年齢までは賃金が上昇し、その後は低下するという我が国で観察される事実と整合的である。女性ダミ−が1%水準で有意に負というのは、男女間の賃金格差を示している。パートなどの非正規労働者についても1%水準で有意に負である。

 企業規模も全て1%水準で有意に正である。かつ規模が大きいほど、パラメ−タの値も大きくなっている。この結果もいわゆる企業規模が大きいほど賃金が高くなるという事実と整合的である。産業ダミ−については金融・保険、電気・ガス・水道、及び不動産が有意に正である反面、製造業、運輸通信、卸小売り、サービスが有意に負となっている。



(パソコン所有関数)

 パソコン所有関数についてみると、年齢の1次項は正で、2次項は負であり、いずれも10%水準で有意である。この結果は、ある年齢までは新技術に積極的に対応できるが、加齢が進み一定の年齢になるとそれはむしろ困難になることを示唆している。

 パソコン所有についても、企業規模は全て1%水準で有意に正であり、かつ企業規模が大きいほどその確率は高くなっている。賃金関数の結果と併せると、大企業勤務者ほど高賃金を得ているが、同時に積極的な新技術への対応のための投資を進めていることがうかがわれる。このル−トにより、更に企業規模間の賃金格差が開きうることを示唆している。

これに対し産業別に見た場合は、製造業とサービス業は1%水準で有意に正、金融・保険が1%水準で、卸売業が10%水準で有意に負である。これは賃金関数とは異なる結果である。産業間格差で低位にある製造業とサービス業の従事者は新技術へ対応することで、その労働の市場価値の向上に努めているということかもしれない。

 大学高校生が正というのは、この世代でゲ−ム等に利用するものが多いということであろう。ただし教育費が有意でないということからすれば、この世代に関してのパソコン所有は、子供に対する投資というよりは消費財的性格が強いことを示唆している。



  1. 異常値の影響を避けて収束を図る関係で、世帯主の年収と粗金融貯蓄について各々平均より±4標準偏差を超えるサンプルも除いた。
  2. 本論文で考えるモデルはSimultaneous Tobitモデルの変形である。なお、simultaneous tobitには、Smith and Blundell(1986) の方法によるものが他にある。
  3. Amemiya[1979]では第2式のy2が0,1の変数ではなくcensoredデータである。
  4. Simultaneous Tobitモデルでは、(10)式の他にσ22を求める条件が存在し、尤度はL(Π2, σ22)である。しかしここでは、第2式がcensoredデータであるため通常のProbit同様、σ22=1を仮定している。
  5. 0.06と0.19というOLSと連立方程式の推計結果の差は、前者に連立方程式バイアスがあることを示唆している。
  6. 学歴や就業年数が除外変数となり、本来学歴や就業年数の効果として表れるものの一部が、パソコン所有の効果に含まれている可能性がある(Maddala[1988]参照)。
  7. この結果は、技術革新に対応した人と対応していない人との間で格差が広がり、その賃金格差が更に積極的な新技術への対応の違いをもたらし、再び格差が広がり得ることも示唆している。低賃金などで新技術の修得の初期条件を欠く者には、訓練の機会が与えられるなど、積極的な対応の途が開かれることが必要であるとも言えよう。


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