5. おわりに

 パソコンの普及はたかだか10数年であり、近年急激に職場に普及してきたもである。しかし家計の保有率は84年の6%から94年の17%と増加しているものの、ホワイトカラ−の仕事での利用率に比べるとかなり低い水準である。それだけに家計でパソコンを保有し、自己に人的投資を行おうとする勤労者は、技術革新に素早く対応している者の特性を反映していると言えよう。

その積極的対応には賃金が強く影響している。同時にパソコン所有で代理させた新技術へ積極的に対応し、high skillを修得している人は高い賃金を得ていることが分かった。つまりより高い賃金と新技術への積極的な対応は、相互に影響しあい、関連しているのである。取り分けパソコン所有で代理させた技術革新への積極的対応が高い収益を生んでいることは、技術革新への対応のためのインセンティブメカニズムが機能していることを示すものである。これが我々の結論である。

 しばしば指摘されることであるが、先進国は後進国のキャッチ・アップを積極的に受け止めて、新技術・高度技術の産業に転換することが、世界経済の発展のために必要であるとされる。それには個々の労働者が新技術に積極的な対応を図るインセンティブが働いていることが必要である。我々の結果は、このインセンティブメカニズムが賃金の上昇という形で機能していることを裏付けるものである。マクロの経済構造の転換と社会全体のイノベーションを促進する基礎が労働市場に存在することを示している。

 我々の分析に残された課題もある。我々は一時点のクロスセクションデ−タで分析しており、パソコン所有で代理させた新技術への対応が、観察されない労働者個人のqualityやskillの効果を必ずしも除去していない可能性がある。そのためにはパネル分析が望まれる。しかし我が国ではパネルデ−タは利用可能ではない。この問題については今後の課題としたい 。23

本論文では、新技術への積極的対応を取り上げた。その対極にあるのは、大半の者が身につけているskillを身につけていない者(あるいは陳腐化した技術に留まる者)の問題である。それは技術革新に対応しない負の効果をみることになる。それを労働者個人の問題として切り捨てることは可能であろう。しかし実際の社会経済の動きをみると、補助金や規制によりlow-skillや陳腐化した技術、産業分野や職種に留まろうとする者は決して少なくはない。

それが日本の構造変化の妨げになっていることも事実である。なぜ人は、企業は、産業はlow-skillや陳腐化した技術に留まろうとするのか、それを改善するためにはどうすればよいのかということは、日本のみならず世界的にも大きな課題である。この消極的な対応について分析することは、将来の大きな課題である。



  1. コンピュ−タ−利用と賃金に関するパネル分析としては、Bell[1996]がある。


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