郵政研究所月報 
1998.1

調査・研究


欧州通信市場の新たな動向
−競争の進展と規制緩和−





第三経営経済研究部研究官  岩尾 哲男 





1 はじめに 

 欧州EU15か国は、93年に市場統合を達成し、モノ、ヒトの移動自由化を達成した。今後99年には各国通貨を統合することにより、一段と深い経済的な関係を構築し、巨大な地域経済圏が実現する予定である。
 長らく経済の低成長と産業の衰退、あるいは高い失業率に苦しんだEU各国の経済は、統合を進めることで経済の復興を目指している。それに伴い、EUの統一市場を有効に機能させるために、電気通信、運輸およびエネルギー網の整備が不可欠であることが、92年2月に調印された欧州の統合を推進する条約、いわゆる「マーストリヒト条約」の中に盛込まれた。
 本稿では、特に欧州の電気通信市場を代表するイギリス、フランス、ドイツの3か国を取り上げ、各国の電気通信市場の新たな動向をみていく。まず、第2章においては、日本との比較も含めながら3か国の電気通信市場の概要を把握するため、通信インフラの現状、電気通信料金の動向などをみる。EU各国の電気通信制度や市場は様々に異なることから、これまでの自由化の取組みも異なっている。第3章では、98年1月の基本音声サービスの自由化にいたるまでの、3か国それぞれの自由化の流れと電気通信制度の改革および電気通信市場発展の特徴を取り上げる。第4章では、電気通信制度改革のなかでも重要である料金規制において革新的な試みとなったイギリスのプライスキャップに焦点をあて、その変遷と評価・問題点を論じる。第5章においては、自由化の潮流をつくったEUレベルでの取組みや法的枠組の推移と3か国の対応および現状についてみる。最後の第6章においては、98年の完全自由化後を見越した電気通信事業者の新たな動向をみて、さらに市場の競争化に伴って生じるユニバーサル・サービス問題についてふれる。

2 欧州主要3カ国の電気通信事情 

 本章では、欧州主要3か国における電気通信分野での新たな動向をみる前に、市場の現状を各国間および日本と比較しながらみてみる。

2.1 回線普及率
 図2.1で回線普及率を人口100人当りの回線数でみると、フランスが56.3回線をはじめ、日本の48.8回線を3か国とも上回っている。近年の増加動向ではフランス、イギリスがやや高い増加傾向を示している。また、表2.1では、加入者回線数に加え、100世帯当りの住宅用加入世帯回線数を示している。住宅用加入世帯回線数では、イギリスが93.64回線と日本とほぼ肩を並べている。フランス、ドイツについてはデータが存在しないが、加入者の普及率から察すると回線数は90回線を越えていると予想される。


図2.1 加入者回線普及率


(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997



図2.2 電気通信事業者の収入動向
(注) 国民1人当りの額をドルに換算した額
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997


表2.1 通信サービス普及率
加入者回線数
(95年時)
住宅用加入世帯回線数
(94年時)
イギリス 50.2回線 93.64回線
フランス 56.3回線 不明
ドイツ 49.5回線 不明
日本 48.8回線 93.85回線
(注) 加入者回線数は人口100人当りの回線数、住宅用加入世帯回線数は100世帯当りの回線数。
(出所)『OECD通信白書(1997年版)』


2.2 電気通信収入・投資動向
 電気通信事業者の収入・投資動向をみると、急速に通信需要が高まっている日本が、93年以降は伸び率で3か国を上回っている。また、表2.2でみるように収入・投資額の水準でも日本は突出している。投資の動向では、ドイツが91年大きく投資が増加した後、93年から前年割れが続いているが、これは、ドイツ・テレコム(DT)が90年のドイツ統一後に旧東独地域で投資を急増させたが、その後ドイツにおける政府の資本投資計画が削減された影響とみられる。また、フランスについては、本章4節でみるように95年度までにある程度高いデジタル化率が達成されたことから、ネットワーク拡充が減速したものとみられる。

図2.3 電気通信事業者の投資動向
(注) 国民1人当りの額をドルに換算した額
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997

図2.2 電気通信事業者の収入・投資額(95年)
収入額 投資額
イギリス $484 $70
フランス $458 $98
ドイツ $596 $152
日本 $851 $280
(注) 収入額、投資額とも国民1人当りの額を米ドルに換算した額。
(出所) 『OECD通信白書(1997年版)』


2.3 電話料金
 3か国の料金規制を見てみると、自由化が進んでいるイギリスが84年からプライスキャップ制を導入し、事業者の料金設定をもっとも柔軟化したようにみられる。また、フランス、ドイツについては、依然基本的なサービスについては認可制によるが、移動体通信サービスなど競争環境にある市場についてはプライスキャップ制を導入している。
 実際の料金をOECDの料金バスケット(95年時)で、固定料金(新設料金および回線使用料)・従量料金別にみると、事務用、住宅用ともに日本の料金の高さが突出している。3か国の中ではドイツが高く、イギリスが低い。事務用料金ではイギリスは日本の半額以下である。また、料金の内訳をみると、イギリスが固定料金の比率が高いのが目立つ。イギリスが固定料金の比率が高いのは、第4章でみるようにプライスキャップ制により、ブリティッシュ・テレコム(BT)が価格リバランシングを行ったことも一因とみられる。

表2.3 料金規制
範囲 措置/方法
イギリス BTの主要小売料金 プライスキャップ規制
フランス 独占サービス 個別認可
その他のサービス 「計画契約によりプライスキャップ規制
ドイツ 電気通信サービス バスケットに基づき認可
デジタル/セルラー移動体通信サービス プライスキャップ規制
日本 国民の日常生活に影響の大きいサービス 報酬率規制(認可)
その他のサービス(移動体通信など) 事前届け出制
(出所) 『OECD通信白書(1997年版)』


2.4 回線のデジタル化率、セルラー加入者数
 次世代通信に備えたインフラ整備の進展状況を95年時の固定通信網のデジタル化率でみると、フランスが全回線デジタル化を達成し、イギリスも日本とほぼ同じく90%に近い状況にある。ただ、ドイツは東ドイツのインフラの遅れもあり、56.0%と他国に遅れをとっている。また、95年時のセルラー移動体通信の加入状況をみると、早期に外資に市場を開放したイギリスの普及率は高く、日本よりも進展しているのに対し、フランス、ドイツは遅れている。 


図2.4 事務用電話料金バスケット(95年)
(注) 金額は事務用ユーザーの年間税抜き支出額
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997


図2.5 住宅用電話料金バスケット(95年)
(注) 金額は住宅用ユーザーの年間平均税込み支出額
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997


図2.6 デジタル化状況(95年)
(注) デジタル交換機に収容されている加入者回線数の比率
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997



2.5 各国の電気通信市場の状況(独占、競争等)
 表2.4は電気通信市場の環境を、表2.5はその主な事業者について要約したものである。イギリスは早くから自由化が進んでいるため、日本と同様に参入規制の枠組みは緩和されており、ほぼ全ての分野で競争環境が実現している。ただし、BTの市場支配力が強いため、BTに対する規制は、新規参入事業者に対するものより強いのが現状である。フランス、ドイツでは基本音声サービス以外の分野では競争環境が整いつつあり、98年1月から両国とも公衆交換網で競争市場となる。ただし、フランス・テレコム(FT)、DTとも政府が株式を大部分保有しており、新規参入事業者がどこまでそれら既存キャリアに対抗できるかどうか、今後の動向が注目される。

図2.7 セルラー移動体加入状況(95年)
(注) 人口100人中の加入者数
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997


表2.4 電気通信市場の現状

公衆交換網 データ通信・専用回線 移動体通信
市内 市外 国際 アナログ デジタル
イギリス 競争 競争 競争 競争 競争 競争
フランス 独占 独占 独占 競争 競争 競争
ドイツ 独占 独占 独占 競争 独占 競争
日本 競争 競争 競争 競争 競争 競争
(出所) 『OECD通信白書(1997年版)』


表2.5 主要電気通信ネットワーク事業者の現状

事業者 現状 公衆交換網の支配
イギリス BT、マーキュリー、
ケーブルテレフォニー等
民有
(BTは1%国有)
1991年に開放
フランス フランス・テレコム 国有 独占
ドイツ ドイツ・テレコム 国有(96年に民営化、
政府が80%を保有)
独占
日本 NTT、KDD、
その他多数
NTTは65.5%を政府が保有
その他は民有
開放
(出所)『OECD通信白書(1997年版)』


3 各国の電気通信改革の動向と現状 

 80年代から各国の電気通信改革は始まったが、なかでもイギリスは81年に新たな電気通信法を成立させ、欧州各国中、突出して自由化を進展させた。フランス、ドイツも長らく独占を維持してきたが、EU全体の開放と米国から始まった世界的な自由化の潮流もあり、90年代に入り抜本的な開放政策が取られている。

3.1 イギリスの状況

3.1.1 電気通信改革の進展
 イギリスの電気通信政策は、自由化の面では欧州の中で最も先行していると評価されている。一連の改革が行われる以前は、貿易産業省(DTI: Departmennt of Trade and Industry)が新規事業者に対する免許付与等を管轄していた。81年にマーキュリーに免許が付与され、84年にBTが民営化されたことで、それまでのBTの独占体制から複占体制に移行することとなった。91年のDTIによる政策白書「競争と選択」では新たな市内・長距離通信事業者に対して免許付与が認められ、基本サービスにおける競争環境が実現されることとなった。

81年 イギリス電気通信法(81年発行)成立
・イギリス電気通信公社の設立
・新規の電気通信事業者マーキュリーコミュニケーションズへの免許付与
・VANサービス自由化・端末機器自由化
84年 イギリス電気通信法(84年発行)成立イギリス電気通信公社の独占権の排除および株式会社化(ブリティッシュ・テレコムの設立)
独立規制機関である電気通信庁OFTEL (Office of Telecommunications)の設立
→BTとマーキュリーの複占体制
91年 政策白書「競争と選択:1990年代のための電気通信政策」を発表
・BTとマーキュリーの固定通信事業複占の廃止
・ケーブルテレビ事業者の電話サービス提供に関する制約の廃止
→新規事業者続出


3.1.2 監督機関
 電気通信分野での主管庁はDTIであり、電気通信法に基づいて設置された独立行政機関として電気通信庁OFTELがある。DTIは電気通信システムの免許付与、基本的な電気通信政策立案など政策決定機関としての性格が強く、OFTELは免許条件の改定、事業者間の取り決めについての調停など規制機関としての性格が強い。ただし、両者は政策立案・規制監督・免許付与等において緊密な協力関係にある

3.1.3 自由化政策の進展
 91年に行われた複占の見直しによって、国内分野への設備ベースでの参入を認めるとともに、国内専用回線の利用を自由化し単純再販を解禁したことで、多くの事業者が参入し、豊富なサービスが低料金で提供されている。
 また、これらの自由化に際して、イギリス政府は、自国電気通信事業者の海外進出を促進するとの方針から、自国電気通信市場における外資への制限を行わなかったため、CATV事業者をはじめとする多くの分野に北米を中心とする事業者が参入した。
 従来の独占事業者であるBTに対しては、サービス料金にプライスキャップが課せられているほか、ユニバーサル・サービス提供が義務づけられている。また、新規事業者との相互接続を扱うため、BTは部門別に会計を分離することを義務付けられており、相互接続料金はOFTEL長官が決定している。
 96年6月にはOFTELがBT免許改正の最終案を発表したが、この中で、小売料金のプライスキャップ制のターゲットを利用額の少ない利用者に限定するほか、相互接続料金については、OFTELによる決定からプライスキャップバスケットに組込み、BTの自由度を高めることが提案された。同案は96年8月にBTと合意されている。

3.1.4 CATV事業者による電話サービス
 CATV事業者は90年の国内分野の複占撤廃によって市場参入を認められた後、急成長を遂げている。CATV事業者はBT等に比較して安い料金設定、ISDNやインターネットといった付加価値の高いサービスにも力を入れている。特にBTとの電話料金比較では、CATV事業者は顧客獲得のため有利な条件を提示している。CATV電話加入者数の急伸はこの価格戦略によるところが大きい。しかし、BTも近年は通話料引き下げや各種の割引料金制度の導入により対抗しており、一部にはすでに料金格差がないとの見方もある。


図3.1 CATV電話加入者数の推移

(注) データは各年の1月のデータ
(出所) 『主要国・国際機関における情報通信の現状と動向』


3.1.5 BT免許条件の修正
 事業免許は、一般免許、クラス免許、個別免許に大別される。個別免許が一般的であり、そのうち固定回線PTO(PTOとは電気通信法に基づく公衆電気通信事業者)に付与される免許が重要となる。BT免許、マーキュリー免許もこれに相当する。
 なお、OFTELは91年に複占見直し後BTの免許条件を修正しており、以下の点が修正のポイントとなった。
@ BTの会計を、アクセス、ネットワーク、小売の3事業に分計し、それぞれの会計数値を明らかにする。
A 費用(原価)配賦方法についての詳細を付したアンバンドルされた標準相互接続料金をOFTELが決定する。
B 内部相互補助とBTの会計手続に関するOFTELの審査権限を強化する。

3.2 フランスの状況

3.2.1 電気通信改革の進展
 フランスでもEUの通信自由化政策の影響を受けて本格的な自由化が動き出している。96年には電気通信に関する基本法である「郵便・電気通信法典」の大幅な改正が行われた。

90年 「郵便・電気通信法典」の改正
・基本インフラの設置と基本サービスの提供に関してはフランス・テレコム(FT)の独占を維持、公衆無線やデータ通信などの分野に競争を導入「郵便・電気通信公共事業体法」の成立
・FTとラ・ポスト(郵便事業体)が政府より独立した法人として分離し、公共事業体として発足
96年 「郵便・電気通信法典」の再改正
・公衆網の設置および基本電話サービスに関する自由化
・独立の電気通信規制機関(ART)の設置
・ユニバーサルサービスの定義と費用負担方法の提示


3.2.2 監督機関
 経済・財政・産業省は、98年以降の規制枠組の策定、FTの全般的な監督・規制、国際交渉などの業務を行っている。また、政府より独立した第三者機関である電気通信規制機関(ART)が97年1月に設立され、市場の監視及び制裁措置の発動、相互接続費用等の事業者間紛争の調停などの権限を有しており、電気通信料金、相互接続等の規制機関としての性格が強い。

3.2.3 FTの事業計画協定(94年〜98年)
 公共事業体であるFTは、4年毎に同社の中長期的な事業計画である「計画協定」を政府との間で締結している。今回締結された事業計画の主な内容は以下の通り。
@ 通信料金の改定・リバランシング 
 基本サービスについては、消費者物価指数に対し年間平均値下げ率が5.25%になるよう料金の値下げを行う。また、長距離・国際料金を引き下げ住宅用料金を引上げるなど、料金のリバランシングを行う。
A 国際的提携 
 国際提携によるグローバルな業務展開により競争力をつける必要から、4年間で200億フランを海外事業への投資に用いる。
B 事業投資 
 今後4年間の設備投資として、移動体通信分野を中心に1320億フランの投資を行い、研究開発投資も年間売上高の4%を維持する。
C 部門別会計 
 市場における公正な競争の実現のために部門別会計を導入する

3.2.4 フランスの新電気通信法案
 新電気通信法案は、EU域内で完全自由化が実現する98年1月1日以降の規制の枠組となる。概要は以下の通りである。
・政府から独立した第3者機関である電気通信規制機関(ART)の設立
 第3者機関は@市場の監視及び競争状態の維持、A事業者間の紛争の調停、B制裁措置の発動、CFTと他の事業者との相互接続費用の算定等を行う。
・公共サービスの定義・費用負担
 全国均一料金、番号案内、公衆電話の提供等を公共サービスとする。また、当面はFTを公共サービス提供事業者とし、公共サービスを維持するための費用負担として、@FTヘのアクセスチャージ支払、Aユニバーサルサービス・ファンドの設立を併存することとし、FTが料金リバランシングを終了した後に、ユニバーサルサービス・ファンドのみで負担するとしている。
・新規参入条件等
 認可期間は15年間。外資規制は原則20%までとし、米国同様相互主義で対応する。


3.2.5 FTの民営化
 FTの民営化の目的としては、EU電気通信市場の自由化に伴う国際競争の激化に対処し、国内での多様なサービスの提供や国外の通信事業者との資本提携など、事業活動の自由度の高い株式会社形態を取ることで競争力を強化することにある。しかし、政府は93年にFTの株式会社化を閣議決定していたが、労働組合側からの強固な反対にあい、長期間計画は棚上げになっていた。97年春の株式上場の予定も、97年5月に実施された総選挙による政権交替により凍結されたが、新政府は10月にFT株の3分の1程度の株式を上場させる計画を発表している。

3.2.6 新規事業者の動向
 FTが電気通信市場において圧倒的な支配力を握っているが、98年1月からの自由化を見越して、競合事業者が国内第2位の電気通信事業者の地位をねらった動きを見せている。水道・建設大手のジェネラル・デ・ゾー(CGE)・グループは固定回線を確保した上で、電話サービス事業に本格参入を目指した動きを見せており、2000年には同社の電気通信事業の総事業に占める売上比率を現行の4%から15〜20%にまで高める方針である。
 フランス最大の建設会社ブイグ・グループも、メディア関連事業の進出とともに電気通信分野への参入に精力的で、移動体通信分野で急成長しているほか、欧州初のERMES規格によるページング・サービス(ポケットベル)の提供も開始している。

3.3 ドイツの状況

3.3.1 電気通信改革の進展
 EUの市場開放政策を受けて、ドイツでも電気通信分野の競争導入に備え段階的な改革が行われている。まず、89年の第一次改革では行政監督機能と事業運営機能の分離が実施され、さらに94年の第二次改革では、98年1月のEUレベルでの基本音声サービス自由化をにらみ、基本法の改正や自由化後の新たな法律が制定された。また、95年にはドイツ・テレコム(DT)の民営化がなされている。

89年 第一次改革
〈事業体と規制機関の組織的分離〉
ドイツ連邦郵便の@DBP・ポストディーンスト(郵便業務)、ADBP・ポストバンク(郵便貯金業務)、BDBP・テレコム(電気通信業務)への分離→ドイツ連邦郵便の分割・民営化に向けた基礎固めが行われる
→電話機販売、移動体通信、衛星通信等、基本的な電話サービス以外の分野に順次競争が導入
94年 第二次改革
〈基本法改正〉
@ 連邦は郵便・電気通信分野において、全国にわたる適切かつ十分なサービスの提供を保証する。
A サービスの提供そのものは、ドイツ連邦郵便の後継企業のみならず、その他の民間事業も行うことができる
B 後継企業に関する個々の任務を実施させるため、新たにDBP郵電庁を設立することが定められた
〈「郵便・電気通信の新秩序に関する法律」の制定〉
@ 「ドイツテレコム株式会社」が95年1月に誕生
A DTには暫定的に伝送路の設置・運用に関する排他的権利、および音声の媒介を伴う電気通信設備(基本電話サービス設備等)の運用に関する排他的権利が与えられる


3.3.2 監督機関
 法規命令は郵電大臣が提出し、「規制委員会」で決定される。「規制委員会」は各州の政府代表と連邦議会の議員から構成されている。郵電省の主要権限は以下の通りである。
 ・DT以外の事業者に対し個別の電気通信設備の建設、運用権を有料で付与できる。
 ・独占サービスに関る料金の認可義務
 ・DTが行う義務サービスの料金への関与
 ・DTの独占サービスから競争サービスへの内部相互補助することの是認
 ・DTが行う義務サービスの決定 ただし、新電気通信法案では、新しい規制官庁として連邦経済省の所管のもとに、97年に免許付与、ユニバーサルサービスの保証などを担当する独立の「上級連邦官庁」が設置されることとなっており、設置までは郵電省が規制官庁の機能を担う。

3.3.3 新電気通信法(96年7月成立)
 (1) 法律の目的と規制
 第1条において「規制により、電気通信領域における競争を促進し、あまねく適切かつ十分なサービスの提供を保証し……」と定めており、基本法の改正で全国的なインフラとしての電気通信サービスの保証を定めている。

 (2) 通信事業者に対する免許
 98年1月1日からは、これまで制限されてきた伝送路の運用、および電話サービスの提供が原則自由になるが、これらに従事するものは免許が必要となる。電話サービスについてはリセラーの場合にも免許が必要となる。

 (3) 外資制限
 外資制限を設けない政策は新法下でも継続される。ただし、94年の新制度法により制定された譲渡制限が、事実上の外資制限となっている。

 (4) ユニバーサル・サービス
 ユニバーサル・サービスは、公衆に対する「最低限のサービス」と定義された。ユニバーサル・サービスは、基本的に競争により提供されるべきとされている。ただ、特定の地域においてユニバーサル・サービスが満足に提供されないときは、当該市場で免許を与えられた事業者の中で、その市場での総売上の4%以上のシェアーを有する事業者、もしくは地域的に関係する市場において市場支配的地位を有する事業者が、ユニバーサル・サービスの提供を義務付けられることとなった。

 (5) 料金規制
 規制当局は、免許義務のある電気通信サービスおよびユニバーサル・サービスのための一般条件が、90年のEUのONP枠組み指令の基準に適合しないときは、これを認めないことができる。料金設定では以下の3つの事項が禁止されている。なお、ONP (Open Network Provision)とは、音声電話サービス、専用線、移動通信サービスなど電気通信ネットワークの開放の意味である。@市場支配的地位を有することのみを根拠とする値上げ、A他の事業者の競争可能性を阻害するための値下げ、B特定の顧客に対する差別的便益の供与。

 (6) 相互接続
 市場支配的事業者は、提供しているサービスに対するアクセスを、競争事業者に対し非差別的に、自己が他の電気通信サービスを提供するためにアクセスする場合と同じ条件で提供しなければならない。

 (7) 規制機関の設立
 電気通信および郵便のための規制機関を、経済省の管轄下の上級連邦官庁として設立する。現行の郵電省は98年から経済省内局と規制機関に再編成される。

3.3.4 新規参入事業者の動向
 電力、鉄鋼、鉄道などの大手企業は独自のネットワークを保有していることから、インフラ構築に際して有利なため、国内2番手勢力を目指し新規参入に名乗りを上げている。このような新規参入事業者は、海外通信事業者(AT & T、BT、C & W等)との提携の動きを活発化させている。例えば、鉄鋼・機械大手のマンネスマンはAT & Tと協力関係にあり、96年7月にはドイツ鉄道コミュニケーションと提携し、着々とネットワークを構築している。また、電気・化学・通信大手のフェーバと電力会社のRWEは提携を結び、インフラ拡張に努める一方、欧米のメガキャリアとの連携を模索している。

4 イギリスにおける料金規制の推移とその評価 

4.1 総括原価方式とプライスキャップ制の相違
 イギリスでは84年からBTが民営化するにあたりプライスキャップ制が導入されたが、ここではまず以下の分析のために、これまで多くの国で採用されてきた総括原価方式とこのプライスキャップ制がどう異なるのか、理論的な相違点を簡単に説明する。

−総括原価方式−
 これは、我が国も含め多くの国で採用されている公益事業に対する価格規制であり、事業用資産の報酬率を規制対象とする方式である。総括原価とは、効率的な経営のもとでサービス供給に必要な営業費、減価償却費などからなる事業費用に、事業用資産の価値に一定の公正報酬率を乗じて求めた事業報酬を加えたものである。事業用資産の価値とは「経営上有効な資産」であって、過大な設備投資は除かれる。事業報酬は公益事業にとっての経営にとって必要な資本を調達するためのコスト(資本コスト)であり、他人資本コストに対する利子と自己資本に対する利益からなる。
総括原価=営業費+減価償却費
       +(事業用資産の価値×報酬率)


 総括原価方式の問題点としては、一般に次の点があげられる。
・事業用資産に対する報酬率が規制されるため、事業用資産の価値を膨張させて利潤を増加させようとする誘因を持つ。すなわち、不必要に過大な投資や高価な設備の購入が行われるということである(アバーチ・ジョンソン効果)。
・複数のサービスを提供する場合、個々のサービスについて原価を報告させ、個別原価にもとづいた料金を認可する方式となっているため、被規制企業は共通費を何らかの恣意的な方法で配分する必要がある。また、規制機関側にも資料の点検に多大な行政コストが必要である。
・被規制企業が費用削減に成功しても、その努力は利潤の増加をもたらさずに料金の引き下げに帰着するため、企業に費用削減の誘因が働かない。

−プライスキャップ制−
 被規制企業が提供する複数のサービスの平均価格に対して上限を設定し、上限を超えない限り企業に対して個別料金を自由に設定することを認める規制方式である。この規制の最大の利点は、企業の効率化のインセンティブを与えるように考案されている点にある。
P=Pt-1+Pt-1(I−X)
P:t年における料金水準の上限
Pt-1:t−1年における料金水準
I:年間の物価指数変化率
X:事業者の年間生産性上昇努力目標率

 上式のように料金の上限は、小売物価指数やGDPデフレータなどの価格指数の上昇率(I)から企業の生産性上昇率を差し引いて決定される。したがって、企業がXに見合う生産性の向上を義務づけられているとともに、Xを超える生産性の向上が実現されれば、企業が利潤を増大させることが可能であることも意味している。
 Xの値、規制対象サービスの構成等は、あらかじめ定められた期間ごとに規制期間によって見直される。


図4.1 プライスキャップ制の推移
1984.8〜1989.7 1989.8〜1991.7 1991.8〜1993.7 1993.8〜1997.7
RPI−3%
・自動通話料
・基本料
RPI−4.5%
・自動通話料
・手動通話料
・基本料
RPI−6.25%
・自動通話料
・手動通話料
・国際通話料
・基本料
RPI−7.5%
・自動通話料
・手動通話料
・国際通話料
・基本料
┌─→
サブキャップ
└─→
RPI+2%
・基本料
・設備料
RPI+2%
・基本料
・設備料
RPI+2%
・基本料
・設備料
RPI±0%
・国内専用線
RPI±0%
・国内専用線
・国際専用線
RPI±0%
・国内専用線
・国際専用線
(注) RPIは小売物価上昇率。[RPI−3%]とは、小売物価上昇率7%の場合、価格上限が4%となることを示す。
(出所) 『電気通信の料金と会計』

4.2 料金規制の推移とBTの動向
 1984年当時公社形態であったBTを民営化する際、料金規制方式として、サービス・バスケットなしで、規制対象サービス全体の平均値上げ率を制約するプライスキャップ制が採用された。これは、公益事業の料金にプライスキャップ制が導入された世界で初めての試みであった。しかし、その後BTの高い事後的報酬率、BTの料金リバランスに伴う基本料、設備料の高騰に対する国民の不満、そしてBTのみが地域通信網をほぼ独占することに伴う競争不徹底に対する新規事業者の不満を受けて、規制官庁であるOFTELはプライスキャップ方式を数次にわたって見直すこととなった。また、図4.1の下段にみられるとおり、規制対象サービスにさらに価格上限を設けるサブキャップ制の導入も行われた。
 プライスキャップ制の推移とBTの料金改定は以上の通りであるが、@規制対象サービス拡大、A公正報酬率(X)の引上げ、Bプライスキャップ方式の改定期間短縮化、Cサブ・キャップ設定の四つの考え方に沿って、料金規制は複雑化かつ強化され、当初のプライスキャップ制導入の思想はかなり修正された。改定において論点となったのは、BTの報酬率であった。表4.2で示されているように、88年から91年の3年間をみてもグループ総計で各年とも20%前後の高い伸びとなったためである。BTに価格設定の柔軟性を認めたことは、BT内部の効率化にインセンティブを起こさせたという側面があると思われるが、他方でBTのシェア拡大および競争者排斥のため、競争分野での値下げ、独占分野での値上げをする反競争的料金をBTに許すことになったという側面もあったとみられる。


表4.1 BTの主要サービス料金のリバランシング(インフレ調整済み)
84〜
85年
85〜
86年
86〜
87年
87〜
88年
88〜
89年
89〜
90年
90〜
91年
91〜
92年
92〜
93年
93〜
94年
接続料金 91 91 97 102 94 100 100 104 69 68
回線レンタル料金 101 107 107 102 94 94 100 104 108 110
長距離通話
料金
169 162 140 133 123 112 100 97 96 85
市内通話料金 120 124 131 125 115 107 100 100 99 98
(注) 基準年度(90〜91年)=100。各年度の7月の小売物価指数を用いてインフレ調整している
(出所) 『プライスキャップ規制』


表4.2 BTの資本報酬額の推移
88〜89年 (%) 89〜90年 (%) 90〜91年 (%)
アクセス料金
 事務用
 住宅用
−1.1
−14.6
−13.3
−14.3
−8.0
−11.8
国内通話料金 17.5 18.4 20.7
国際通話料金 84.1 84.9 81.9
国内専用回線 19.0 13.6 12.2
ネートワークサービス 21.7 22.2 22.4
その他の事業
グループ総計
11.1
20.8
13.9
18.8
10.8
22.6
(出所) 『プライスキャップ規制』


4.3 イギリスのプライスキャップ制の評価
 頻繁なプライスキャップ方式の変遷がみられたことから、イギリスのプライスキャップ制は弊害が生じた場合にのみ規制しようとする濫用阻止主義に陥ったとの見方もあり、多くの問題が指摘されている。以下ではイギリスのプライスキャップ制の問題を踏まえ、プライスキャップ制における課題をいくつかの視点から考えてみる。

4.3.1 価格水準
 表4.1に示したように、イギリスのプライスキャップシステムの下で、BTは料金リバランシングを行っているが、回線レンタル料金を除き、主要料金は94年に大きく低下している。BTの平均的な料金は、84年から92年の間に約26%低下している。
 また表4.3は、住宅向け通話サービスの料金水準の推移を主要国と比較するものであるが、プライスキャップを採用していないフランスなどOECD諸国の料金が上昇したのに対し、イギリスは90年から94年の間に4.4%程度の低下を示している。このことは、プライスキャップ制が価格水準の低下を導いた主因と評価できよう。
 ただし、ドイツ、日本などはプライスキャップ制を採用していないにもかかわらず、同時期9%の低下を遂げており、プライスキャップ制それ自身が必ずしも大幅な値下げを保証するものではない。イギリスの料金低下が長距離および国際電話サービスで低下が大きかったことから、通信技術の変化、競争市場化といった他の要因が与えた価格への影響も考慮する必要があろう。

4.3.2 価格体系
 価格体系の再構築つまり「価格リバランシング」に柔軟性を持たせることは、有効競争と配分効率に大きく貢献すると考えられる。イギリスでも表4.1でみたように大幅なサービスごとのリバランシングがおこなわれた。価格設定に柔軟性を与えることは、市内通話など独占サービスに料金の大幅な値上げを許し、特定の利用者に大きな負担を与える場合もあるが、価格設定に幅を持たせることで、事業者側の経営は自由度が大きく増すのも事実である。


表4.3 住宅向け通話サービス料金の推移

1990 1991 1992 1993 1994
イギリス 100.00 101.53 104.05 101.71 95.36
フランス 100.00 105.65 106.61 106.44 105.92
ドイツ 100.00 93.43 92.92 91.17 90.74
日本 100.00 93.97 92.64 94.10 89.57
OECD平均 100.00 105.91 105.02 104.29 105.08
(注) 通話数は90年のバスケット水準で固定。元データは米ドルをベースにしたもの
(出所) 『プライスキャップ規制』


4.3.3 投資
 報酬率規制と異なり、プライスキャップ規制のもとでは、効率的な投資をおこなうインセンティブが存在するとされる。イギリスについては、貿易産業省の公表した報告書によれば、プライスキャップ制のもとで電気通信事業の投資計画は、インフラ整備の面では世界のトップクラスに属すると結論している。また、公衆電気通信投資額の収入に対する比率を図4.2でみると、88年から伸び率が低下傾向にあり、規制により過剰な投資が抑えられたとみることもできる。


図4.2 通信投資額の推移(対収入比)
(注) 収入、投資とも95年価格を米ドル表示で示したもの
(出所) OECD TELECOMUNICATION DATABASE 1997


表4.4 BTの新課金方式による値下げ率
平日昼間 平日夜間 週末
市内 7.18% 3.03% 21.21%
短距離市外 7.28% 6.46% 12.92%
長距離市外 1.98% 10.80% 12.92%
(注) 『主要国・国際機関による情報通信の現状と動向』


4.3.4 公平性
 価格のリバランシングは企業が収益増加の視点から行われるため、ある顧客層にとっては電話サービスの費用の大幅な上昇をもたらす懸念がある。OFTELは89年以降「中位の顧客(中間所得者層)」への請求額を監視してきた。この監視によれば、同じ時期にBTの平均価格は12%も低下したにもかかわらず、中位の顧客への請求額は実質3%しか低下していないことを明らかにしている。特に懸念されるのは、ほとんど通話をしない顧客への影響であり、これらの顧客は総電話代請求額の中で回線レンタル料金が高い比率を占めるため支払額が大きくなってしまう。これは表4.1で示したように、近年の回線レンタル料金が、料金リバランシングで上昇したことが背景にある。

 イギリスのプライスキャップ制については、この他にも多くの問題点が指摘されるが、料金的にはリバランシングの進展により、報酬率規制下の料金体系より、適正料金(つまり原価に沿った料金)に近づいたと思われる。
 表4.4には95年のBTの新課金方式による値下げ率が示されているが、どの時間帯も料金が大きく引き下げられている。また表4.5により、BTの95年の営業利益を前年と比較すると、前年度比+4.0%の144億ポンドとなった。その内訳をみると回線使用料の増収があるものの、国内通話の収入は減収であり、ほとんどの伸びはその他の販売及びサービス部門の増収であることから、リバランスによる独占サービスの増収という事実は95年時には認められない。
 96年6月にOFTELは、BT免許改正の最終案を発表したが、それによると、97年8月からのプライスキャップの改定では、年間生産性努力目標率(X)を97年7月までの7.5%から4.5%に緩和する予定となっている。また、「住宅・小企業バスケット」と呼ばれる方法を採用し、プライスキャップの算定において支払額下位80%の住宅顧客からの収入比によって各サービスのウェート付けを行うとしており、値下げの恩恵を大企業から小額利用者に拡大させるとしている。また、小企業保護のため制約を課すことにもなっている。

表4.5 94、95年度のBTの営業収益内訳
94年度 95年度 増減額
国内通話 4,941 4,882 ▲59
国際電話 1,935 1,980 45
回線使用料 2,534 2.685 151
顧客宅内機器供給 1,041 946 ▲95
専用線 1,024 1,056 32
移動体通信 657 856 199
イエローページ 371 408 37
その他の販売
及びサービス
1,390 1,633 243
合計 13,893 14,446
553
(注) 単位は100万ポンド、イギリスの会計年度は4月〜翌年3月
(出所) 『主要国・国際機関による情報通信の現状と動向』


5 EU域内の自由化の流れ 

5.1 通信自由化の背景と意義
 長らく経済の低成長と産業の衰退、高い失業率に悩まされていた欧州各国は、各国の地域的結び付きを強めることで経済の復興を図っており、93年の市場統合を第1ステップとし、通貨・経済統合、そして政治統合への途上にある。
 真に統合された単一市場を有効に機能させるため、EU内にくまなく張り巡らされた通信、運輸およびエネルギー網の整備は不可欠であるため、通信分野では情報ハイウェイとなる汎欧州網(TEN: Trans European Network)の構築が進められているほか、各国の規制を緩和する「自由化」と、各国のサービスの共通化および規制の同一化を図る「調和化」が進められている。

5.2 立法組織の概要と共同体法(EC法)の効果
 EU域内の自由化の流れをみる前に、立法組織とその法律の拘束力等を簡単にみてみる。EUの立法組織としては、欧州委員会、欧州連合理事会、欧州議会があげられる。
 欧州委員会は、加盟国の政府間の合意に基づいて任命された20名の委員で構成されており、法案の提案、指令の発出権など立法にあたって中心的な役割を果たしている。欧州連合理事会は加盟国15か国の大臣で構成されており、法案の採択を協議する機関である。最後に欧州議会は、域内各国の直接選挙により選出された626名の議席で構成されているが、立法には所定の手続きの範囲で関与するに留まる。
 次にEC法についてみると、存在形式としては表5.1にみるとおりおおよそ5形式ある。電気通信政策の自由化の立法には「指令」が多く出されているが、「指令」形式は、法的拘束力は強いが、各国の事情にしたがった政策を認める柔軟さを兼ね備えていることが特徴としてあげられる。

5.3 電気通信自由化の流れ
 欧州諸国の近年の改革を、主要な法制を中心に大きく4つの時期に分けて流れをみてみる。

−第1期(87/6以前)−
 84年11月の二つの理事会勧告を採択したのが、EC(EUとなったのはマーストリヒト条約を採択した93年以降)における電気通信分野での本格的取組みの端緒となった。その一つである「電気通信の分野における調和化の実施に関する理事会勧告」では、新サービスを共通化するためのガイドラインの調和化が図られた。もう一方の「公衆電気通信の契約へのアクセスの開放の第一段階に関する理事会勧告」では、他国の電気通信事業者に入札機会の提供を求めるなど、電気通信機器調達の開放が要請された。ただし、改革の初期段階であるため、二案とも「勧告」という拘束力の弱い法形式となった。


表5.1 EC法の存在形式の分類
存在形式 法的拘束力
規則 すべての構成国へ直接適用
指令 すべての国を拘束するが、その実施のための形式及び方法は当該国に選択が任される
決定 適用された者に対して、その全体として拘束力を持つ
勧告/意見
いかなる拘束力も持たない
(出所) 『主要国の通信・放送法制(94/3)』


−第2期(87/6〜)−
 電気通信ネットワークとサービスの調和化の必要性の高まりや、84年のAT & T分割で加速した規制緩和の動きを背景に、いくつかの新しいEC立法がなされた。第2期のECの政策の対象範囲は、規制関連事項および電気通信分野の自由化まで拡大された。
 「電気通信サービスと端末機器の共通市場の発展に関するグリーンペーパー(討議資料)(87/6)」では、以下の事項が電気通信政策推進の原則として確認され、以降の電気通信政策の改革における指針となった。

・機器市場の自由化
・電気通信サービスの完全な自由化
・規制機能と運営機能の分離
・調和化及びONPに関する政策
・共同体競争法の適用

 グリーンペーパーが発出された後、調和化と自由化という一組の目的の間の均衡を図るために、欧州連合理事会による「EC電気通信政策のガイドラインの設定(89/12)」で政策の方向性が加盟国で確認され、90年には「ONP指令(90/6)」「電気通信サービスの競争指令(90/6)」など主要な指令が採択されることとなった。

−第3期(93/6〜)−
 この時期には、ECの電気通信諸政策の施行状況が遅れていることを欧州委員会によって確認されたことから、委員会主導の下、より具体的で抜本的な取組みがなされた。
 初めに、93年6月の電気通信閣僚理事会において、@98年までに公衆音声通信を自由化することへの道を開くこと、A代替インフラとなるCATV網の利用や移動体通信のあり方に関する二つのグリーンペーパーを発出することが確認された。 また、93年12月にはドロール白書「成長、競争力および雇用」が発表され、汎欧州規模のネットワークからなるインフラは、欧州規模の競争力の基本であることや、市場の分断を避けるために、電気通信サービスでは特に相互接続性および相互運用性確保の必要性が説かれた。
 ドロール白書から、汎欧州電気通信網の整備の具体的な方策・計画づくりのためにバンゲマングループが設置された。バンゲマン委員を中心とした同グループによる報告書である「バンゲマン報告書(94/5)」では、@欧州規模での情報通信市場を実現するため競争的な共通の規制の枠組みの構築とともに、A公共投資、財政資金、補助金および経済統制等保護主義との決別を提唱し、欧州企業が置かれている競争上不利な立場を打開する必要から、早期に以下の施策を実施することを提言した。
・独占が維持されているインフラ分野への競争の導入
・政治的負担、財政上の制約の撤廃
・具体的な方策およびタイムテーブルの設定 バンゲマン報告書を受け、欧州委員会は「高度情報化社会に向けて欧州が取るべき方策−行動計画−(94/7)」を発表した。この報告は以下の点で革新的なものとなった。
・既存の施策・計画および今後予定されている施策等の行動計画を網羅的に整理し、実現時期に関して目標とする期限を明確にした。
・規制および法的枠組に関しては、94年末までにグリーンぺーパーを発表し、具体的な自由化実施時期、範囲、方法等を決定。
・相互接続ルールの確立、開放的なネットワークアクセスの確保を図ること、また、標準化の重要性を強く認識。

−第4期(96/3〜)−
 欧州委員会は、96年3月に「電気通信市場における完全競争の実施に関してサービス自由化指令を修正する委員会指令(96/3)」(完全自由化指令)を採択した。この指令案により、98年1月から基本音声サービスが自由化されることとなり、通信自由化は法的枠組みでは一様の完成をみる。指令案の主要な項目は以下の通りである。

・各国規制機関の特別・排他的権利の撤廃 基本音声サービスは98年1月1日から、基本音声サービスを除く代替インフラ(CATV等)の利用は97年7月1日から開放。
・参入手続の非差別化、透明化の措置。
・電気通信事業者は自社の音声サービスおよび公衆交換サービス網に対し、非差別的、公平、透明な条件により相互接続を提供する(97.6までに公開)。
・ユニバーサルサービスの提供に関する費用負担義務は、公衆電気通信網を提供する事業者にのみ課す。また、通信事業者にサービス料金のリバランシグを行うことを認める。
・電気通信以外の特別・排他的権利を与えられている企業が、音声サービスや公衆電気通信網を提供する際には、本来業務との会計分離を行う。

図5.1 EU電気通信政策の法的枠組み

(出所) 「KDD総研R&A(96/5)」

5.4 EUの主要な通信政策に対する各国の現状・対応
 EU電気通信の「自由化」「調和化」の改革は、図5.1でみるように合意できる部分から徐々に実施されていった。基本音声サービスの自由化については、各国の利権に大きく関ることとなるため数年の猶予期間を要したが、98年1月1日から実施されることになる。
 EU各国の自由化の進め方は、自由化の枠組みとなる法制がほとんど指令案のため、EUで決定した施策に対し、各国独自の政策によって決められた期限までに達成すればよいことが認められている。したがって、主要3カ国の中でも自由化の進んでいるイギリスとフランスおよびドイツの間には、段階の差や規制緩和の方法に相違がある。
 以下では、参入規制、料金規制、相互接続、ユニバーサルサービス、代替インフラなど主要な規制、法制について3か国の現状・対応をみてみる。

5.4.1 参入規制
 参入規制については「完全自由化指令案」(96年採択)のなかで、基本サービスについては98年1月より各国の事業者数を限定する特別権の撤廃が定められている。また、「認可・免許付与に関する指令」(97年採択)でも特別な場合を除き限定された免許の発行を認めていない。
(参入規制の各国の対応表は次のページ)

イギリス すべてのインフラで開放
フランス 基本電話サービスを除く市場は開放。98年1月より基本電話サービスも開放
ドイツ 96年8月より基本電話サービスを除く市場で開放。
98年1月より基本電話サービスも開放


5.4.2 料金規制
 料金規制については、「完全自由化指令案」のなかで、通信事業者が実際のコストに基づいた料金設定を行うために、料金のリバランシングを行うことを加盟国に認めさせている。従って、自由化後は料金設定はより柔軟化することが予想される。以下の表は各国の現状である。

イギリス BTの主な小売料金は、毎年RPI-7.5%のプライスキャップ規制を受ける。
フランス FTは以下の制限の範囲内で料金を設定できる
@独占的なサービスに対しては個別認可制度、A政府とFTの契約要件で交渉されるプライスキャップ規制、Bネットワークの相互接続についての例外的仲裁手続。
ドイツ 認可制

5.4.3 相互接続
 「完全自由化指令案」では、「電気通信事業者は自社の音声サービス及び公衆交換網サービスに対し、客観的な基準に基づく非差別的、公平、透明な条件により、相互接続を提供しなければならない。」としており、独占事業者にネットワークの開放を促している。表には、接続料金等の各国の現状を示している。

イギリス 97年10月よりプライスキャップ方式が相互接続料金にも導入された。サービスごとに接続料金のキャップ設定が異なっており、例えば、競争化にあるサービスとの接続料金の場合は、一般的な免許条件と競争法令の下で自由な価格設定が認められている。
フランス 現在、移動体通信サービスだけに相互接続が行われている。事業者間で協議が整わない場合は電気通信規制機関(ART)が仲裁を行う。会計分離についてもARTが料金コスト構造を反映しているか否かを判断できる。
ドイツ アクセス料金の協定は規制機関へ提出の義務があり、協議が整わない場合規制機関が仲裁する。アクセス料金設定のため、会計分離制度に従いサービス相互間の財務関係の透明性を保証しなければならない。


5.4.4 ユニバーサル・サービス
 ユニバーサル・サービスに関しては、現在のところ欧州委員会では、対象を電話サービスとし、財源確保の仕組みとしては、ユニバーサル・サービス・ファンド創設を推奨している。ファンドの創設については純費用(ユニバーサル・サービス提供による事業者の費用から事業者の収入・便益を除いた費用)発生の有無等が争点となり、各国間の賛否両論がある。創設に賛成している国は、フランス、スペイン、イタリア、オランダ等であり、否定的な国はイギリス、ドイツ、デンマーク等である。また、ユニバーサルサービスの定義も各国で異なっている。以下、各国のユニバーサル・サービスの大まかな定義をみてみる

イギリス ファックスサービスを含む基本音声電話サービス。限定されたサービスを低料金で利用するオプション。公衆電話ボックスへの適当な地理的アクセス。
フランス 高品質の低廉な電話サービスの提供。無料の緊急電話、電話番号案内、電話帳または電子的手帳や全国の公共的場所における公衆電話機の提供。
ドイツ すべての地域から一定品質の最低限の電気通信サービスの提供。

5.4.5 代替インフラ
 代替インフラについては、完全自由化指令により、基本音声サービスの提供を除く代替インフラの自由化期限について96年7月1日と定められたことから、CATV網等によるインフラの構築が進んでいる。以下で代替インフラ構築に対する各国の方針をみてみる

イギリス 公衆電気通信事業者はインフラ建設に関し特別な権利が与えられる。規制機関はイギリスの公衆電気通信サービス提供者間の競争を奨励している。
フランス 代替インフラ事業者は、現在のところ移動体通信事業者だけであるが、98年から施行の新法では、計画に十分な財務資源を所有している企業に対しインフラ建設を認めている。
ドイツ 公衆に利用される電気通信サービスには免許が必要。免許の権利は電気通信法に従って行使しなければならない。ただし、競争に制限はない。


 以上のように、3か国間には自由化の進展度合には相違が生じているが、98年1月からの完全自由化を控え、各国とも規制による管理的な政策から、競争環境を整えるルール作りのための規制へと政策の方向が変化してきている。イギリスは既に参入規制からもわかるように、かなりの進度で市場開放的な政策が既に展開されているが、フランス、ドイツは98年以降の状況を見据えた新法が最近成立したばかりであり、通信環境の大きな変化は今後展開されていくこととなろう。

6 展望と課題 

6.1 展望
 98年の基本電話サービスの自由化により、今後は各国通信事業者のダイナミックな展開が予想される。第3章でも紹介したとおり、新産業の通信分野の進展として、イギリスではCATV事業者の電話事業参入(ケーブル・テレフォニー)が活発化しているほか、フランス、ドイツでも鉄鋼、機械メーカーなど大資本をもとに新規分野進出を図る事業者や、電力、鉄道、水道などインフラ構築への有利を見込んで進出する事業者が、既に新規参入に名乗りを挙げている。
 それに対し、既存事業者であるBT、FT、DTなど各国のメガキャリアも、国際電気通信市場を中心に合従連衡を繰り広げ、電気通信市場の大きな変革の目となっている。
 BTは93年6月には、米国2番手勢力であるMCIに資本参加(20%)すると同時に「コンサート」を設立した(BT75%、MCI25%出資)。96年11月には両社は合併することで合意に達していたが、97年11月にMCIが米国4番手勢力であるワールドコムに買収され、BTは戦略変更を余儀なくされている。
 一方、DTとFTは93年12月に共同出資で「アトラス」の設立に踏み切り、94年6月には米国3番手勢力に位置するスプリントに出資(20%)すると同時に、「グローバル・ワン」の設立を申請した。
 以上「コンサート」、「グローバルワン」に加え、AT & Tが核となって形成している「ワールドパートナーズ」が世界的な電気通信市場再編の三局を現在なしており、欧州域内の電気通信改革は国際的な電気通信再編にも大きな影響を及ぼしている。(図6.1参照)
 また、欧州域内に目を向けると、98年の自由化をにらんで先に述べた新規事業者が、欧州各国における国内2番手勢力に向けた競争も活発化しており、いずれも強力な外資系メガキャリア(BT等欧州メガキャリアも含む)との提携を進めることによって、本格的な国際競争時代での生き残りを図っている。
 欧州自由化後の巨大単一市場の制覇に向けて最初に乗り出したBTは、各国で国営キャリアに次ぐ2番手の地位を確保する戦略を取り先行している。ただし、BTがMCIとの合併に至らなかったことにみられるように、今後も電気通信の再編劇には大きな波乱が予想される。
 ただ、国際競争力の強化に向けた運営ノウハウの蓄積や総合的な通信サービス提供力という視点からみると、BT、DT、FTの3社が圧倒的優位にあり、この3社が欧州市場再編劇の主役となろう。将来的には欧州事業者の集約が実現されていくことが予想される。

図6.1 国際コンソーシアムの形成
(注) 矢印は出資・合弁関係を示す。( )内の数字は出資比率
(出所) 「さくら総研調査報告(97 VOL. 2)」


6.2 課題
 電気通信市場は、これまで電気通信サービスが基本的なインフラとして多くの規制の下にあったが、自由化の流れから競争的な環境に変化しつつある。競争的な環境では、より多数の事業者の出現が競争を活発化させ、料金の低下など好影響をもたらすが、その一方で、不採算の地域や利用者の選別がおこり、サービスが受けられない地域・利用者が生じる懸念もある。このような競争環境を補完する枠組みとして、ユニバーサル・サービスの整備も同時に進んでいる。
 97年3月の欧州連合理事会では「認可・ライセンス付与に関する共通枠組み指令」で、加盟各国に事業者に対しユニバーサル・サービスの提供に財政面で貢献することを認可要件としたり、ユニバーサル・サービス等の義務を課す場合、個別限定的なライセンス発行を認める等の権限を各国に与えている。
 第5章4節でみたように、ユニバーサル・サービスに対する財源確保にはファンド創設を支持する国と、そうでない国が存在する。ファンド創設を支持しないイギリスの最近の動向をみると、97年2月にOFTELがユニバーサル・サービスに関する諮問文書を発表している。その諮問文書では、まず経済的でない地域・顧客および公衆電話のサービスの提供によるBTの費用(ユニバーサル・サービスの費用)を算出し、その一方でユニバーサル・サービスを担うことから、@現在経済的でない顧客が後に経済的になることで生じる利益、A顧客が他の事業者の存在を知らないため必ず利用できるBTを選択する可能性が高いこと、Bユニバーサル・サービスの義務を果たすことでブランドイメージが高まる等の利益が発生することを認めている。OFTELは結論的に、BTがユニバーサル・サービスを担う利点で、その費用を十分に埋め合わせることができるとしている。つまり、補助すべき純費用の存在は証明されず、今後2001年までユニバーサル・サービスへの補助は行わないとした。
 イギリスの事例は、イギリス固有の事情もあり、すべての国で同様の論理が成り立つとは考え難いが、OFTELのこの判断は他国にも影響を及ぼそう。
 さらに、ユニバーサル・サービス以外にも、第3章のイギリスのプライスキャップ制でみた通信料金のリバランシングの問題や相互接続の問題など、自由化に伴って規制機関による監視・管理が必要な分野は多く、これからも競争環境のルールという面で各国間で協議が継続されるとみられる。
 各国がそれぞれ独自の通信環境をもっているEU諸国が、98年以降どのような電気通信事業者間の再編がなされ、サービスの広範な展開または事業者間の紛争が生じるのか、我が国の電気通信市場の将来を見据える上でも、その動向は今後一層注目される。


【参考文献】

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