郵政研究所月報
1998. 1

調査・研究



情報通信基盤整備のマクロ経済分析







通信経済研究部 主任研究官  宮田 拓司
研究官  高谷   徹




〔要旨〕
 本稿では、情報通信ストックが我が国のマクロ経済に与える影響を定量的に分析できるマクロ計量モデルの概要について述べ、その構築の過程において得られた情報通信ストックのGDP弾力性、過去におけるGDP経済成長への寄与度について述べている。
 また、構築されたマクロ計量モデルを用いて、今後、公的固定資本形成のうち、産業基盤的社会資本整備に当てられる資金の一部を電気通信業の資本の整備に振り替えた場合の経済効果について2005年までのシミュレーションを行っている。
 本マクロ計量モデルは、情報通信を経済インフラとして位置づけ、公的資本ストックのうち道路や港湾等の産業基盤的社会資本と対比しながら、経済に与える影響を分析できるように構築したところに特徴がある。具体的には、労働、情報通信資本ストック、産業基盤的社会資本、公的及び民間産業資本ストックを説明変数とするコブダグラス型生産関数を推計し、マクロ計量モデルに組み込んでいる。
 いずれの分析においても、情報通信ストックが我が国経済の発展に大きく貢献することが明らかになった。


1 はじめに 

 情報通信の高度化が産業の競争力強化に重要であるという観点から、各国が情報通信基盤の整備に重点政策として取り組んでいる。わが国においても、平成6年度に2010年を目標とした情報通信基盤整備プログラム、平成8年度には2000年までを目標とした情報通信高度化中期計画が電気通信審議会によって答申されている。
 近年の移動通信の著しい普及とそれに伴う市場の成長にみられるように、情報通信産業はわが国においてリーディング産業として発展していくことが期待されている。加えて、その他の産業についても高度な情報通信の利用により、効率化・高付加価値化が促され、結果としてわが国の経済全体の成長に寄与すると考えられる。
 他方、高齢化の進展等により今後の財政状況の悪化が懸念されており、社会資本整備の役割や効果についてもこれまでになく関心が持たれるようになってきている。
 情報通信のわが国経済に与える影響に関する既存の研究は主として需要効果に着目したものが多い。しかし、今後生産要素の投入増大による成長が期待できないような環境下、持続的な成長を続けていくためには、情報通信の高度化による生産力の増大こそが要と考えられる。このような背景から本稿では、マクロ計量モデルを構築することにより、情報通信基盤の整備がわが国のマクロ経済等に及ぼす効果を定量的に評価すると共に、その効果をその他の資本ストック整備や社会資本整備と比較検討することを目的とする。


図表2-1 マクロモデル概要



2 マクロ計量モデルの概要 

 モデルの構成を図表2-1に示す。本マクロ計量モデルは国民経済計算体系のうち、主に実体経済の財・サービスの需給バランスに着目して、生産、消費、投資、輸出入、分配といった経済活動を行動方程式体系として表したものである。本モデルの推計は1990年度基準の実績データを基に行われており、全部で9つのブロック、107本の同時連立方程式からなる年度モデルである。
 本モデルでは、まず「資本ストックブロック」で計算される情報通信資本ストック(電気通信資本ストックと情報通信機器ストックの和)、産業基盤的社会資本ストック、公的及び民間産業資本ストックの蓄積が、産業の滞在的生産能力を高める。これによって「需給調整ブロック」における需給バランスに変化を生じ、そのギャップが市場の価格調整メカニズムを通して調整されることにより、「物価ブロック」、「労働ブロック」、「消費ブロック」、「投資ブロック」、「輸出入ブロック」の各変数の水準が変更され、引いては我が国の経済成長に影響を与える姿を描き出す。したがって、本モデルでは、滞在生産能力を示す生産関数として、これらの資本ストックを区別して説明変数とした関数が定式化されており、供給サイドを重視したモデルとなっている。

3 資本ストックの推計 

 本マクロ計量モデル構築の核になる生産関数の推計には、
1. 産業基盤的社会資本ストック、
2. 情報通信機器ストック、
3. 電気通信業資本ストック、
4. 公的及び民間産業資本ストックの4点の資本ストックデータが必要である(情報通信機器ストックと電気通信業資本ストックは、最終的には足しあわせて情報通信資本ストックとして扱われる。)。各々の資本ストックデータについて、概念・定義、データ出所あるいは推計方法、推計結果について述べる。

3.1 産業基盤的社会資本ストック
 本マクロ計量モデルでは、生産関数の説明変数として、情報通信資本ストックのほか、産業基盤的社会資本ストックを独立させていることに特長がある。


図表3-1 政府関与理由による社会資本のカテゴリー分類

図表3-2 社会資本の範囲
整  備  主  体  分  類
社会資本の分野 一般政府 公的企業 民間企業等
←−−−−−−−−狭義の社会資本−−−−−−−−−→
←−−−−−−−−−−−−−広義の社会資本−−−−−−−−−−−−−−−−→
T 電気通信   日本電信電話公社 日本電信電話
国際電信電話
その他第一電気通信事業
U その他の社会資本  
  1. 交通・通信施設  
  道路
(一般道路、高速
道路等有料道路)
国、地方公共団体 日本道路公団
首都高速道路公団
阪神高速道路公団
本州四国連絡道路褐嚼ン勘定支出
地方公営企業有料道路事業
地方道路公社
東京湾横断道路
港湾 国、地方公共団体 地方公営企業港湾整備事業  
空港(空港及び航空) 国、地方公共団体   関西国際空港
鉄道   日本国有鉄道
日本鉄道建設公団
本州四国連絡橋公団
JR各社
私鉄
地下鉄   帝都高速度交通公団
住宅・都市整備公団鉄道事業
地方公営企業交通事業
第三セクター
民間各社
2. 住宅・生活環境施設  
  住宅
(公営住宅など)
  住宅・都市整備公団賃貸住宅事業
地方公営企業住宅事業
地方公営企業住宅用地造成事業
 
下水道
(下水道及び下水
道終末処理施設)
日本下水道事業団
地方公共団体
地方公営企業下水道事業
   
廃棄物処理 地方公共団体一般廃棄物
処理事業
地方公営企業作業廃棄物処理事業 民間主体
上水道 地方公共団体 地方公営企業上水道事業
地方公営企業簡易水道事業
民間主体
公園 国、地方公共団体    
3. 厚生福祉施設  
  保健衛生施設
医療施設
社会福祉施設
国、地方公共団体
地方公営企業病院事業
  私立病院・施設
4. 教育訓練施設  
  学校施設 国、地方公共団体   私立学校
社会教育施設
社会体育施設
文化施設
国、地方公共団体   民間施設
5. 国土保全施設  
  治水 国、地方公共団体 水資源開発公団 民間施設
治山、海岸 国、地方公共団体    
6. 農林漁業施設  
  農業
(生産基盤及び
共同利用施設)
国、地方公共団体 農用地盤整備公団 土地改良組合
林業
漁業
  森林開発公団 森林組合
漁業協同組合
7. その他  
  郵便   郵政事業  
国有林   国有林事業  
工業用水   地方公営企業工業用水道事業  
電気   地方公営企業電気事業 9電力会社
ガス   地方公営企業都市ガス事業 民間都市ガス
政府関係機関施設      
「日本の社会資本」(1986)、「社会資本の生産性と公的金融」(1995)等から作成


3.1.1 定義・範囲
 社会資本は一般的には以下のように定義されている。

 【経済審議会社会資本研究委員会報告書(1969年)】
 私的な動機(利潤の追求または私生活の向上)による投資のみに委ねているときには、国民経済社会の必要性からみて、その存在量が不足するか著しく不均衡になる資本
 この他、各経済学者等でさまざまな見解があり、それにより社会資本の範囲が分かれる。

 政府関与理由の観点から分類すると図表3-1のようになる。主体と分野について整理すると、図表3-2のようになる。
 本マクロ計量モデルでは図表3-3に示すように社会資本ストックを、産業基盤的社会資本ストック(鉄道軌道、有料道路、道路、街路、港湾、空港)とそれ以外に分離し、生産関数の推計及びモデル構築には、この産業基盤的社会資本ストックを用いる。これは、情報通信資本、公的及び民間産業資本とを純粋に供給能力への寄与という観点から比較するためである。

3.1.2 計算方法
 社会資本ストックに関するデータは、慶応大学産業研究所のご協力により提供された「KEOデータベース」の一部を利用することにする。KEOデータベースの社会資本ストックは減価償却分を除却した純資本ストックであり、SNAの公的固定資本形成との整合性に配慮して推計されたものである。 KEOデータベースにおける社会資本の定義・範囲は、1970年・1975年・1980年産業連関表の付帯表である固定資本マトリックスで「公共資本」、1985年・1990年の固定資本マトリックスでは「その他」部門として扱われている産業格付けができない資本(具体的には、1985年及び90年の場合、「道路」「住宅」「環境衛生」「土地造成」)を中心とし、産業格付が可能なものも一部追加したものである。
 本マクロ計量モデルでは、図表3-3の定義に従い、KEOデータベースの定義による社会資本から産業基盤的社会資本ストック以外を控除している。電気通信業の電電公社のように1985年4月に民営化された企業もあるが、これらの企業については過去に遡って民間扱いする調整を施した。
 さらに、「KEOデータベース」は1985年固定価格により資本ストックが推計されているため、国民経済計算による公的固定資本形成デフレータにより1990年価格に換算している。

図表3-3 本マクロ計量モデルにおける社会資本ストック概念図


3.1.3 推計結果
 推計した公的資本形成を図表3-4に示す。わが国の公的資本形成は、二度のオイルショックの影響があったものの80年代までは順調に増加していたが、80年代に入ってからは伸びが鈍化し、特に公的産業による資本形成が落ち込んでいる。産業基盤的社会資本については、公的資本形成の3割強を占めており、92年には13兆3204億円に達している。
 推計した産業基盤的社会資本ストックを、公的産業資本ストック、その他の社会資本ストックとともに図表3-5に示す。産業基盤的社会資本ストックは、92年には127兆円に達している。


図表3-4 推計した公的資本形成(90年価格)の推移



図表3-5 推計した公的資本ストック(90年価格)の推移


3.2 情報通信機器ストック

3.2.1 定義・範囲
 情報通信機器とは、情報を収集・加工・蓄積・伝達するために要する機器をさす。具体的には図表3-6の品目を含むものと考える。なお、図表3-6の分類は産業分類であり製品分類ではないが、該当産業が生産する製品を情報通信機器とみなす。 情報通信機器投資としては、各産業の投資額のうち情報通信機器に関するものを集計する方法もあるが、各産業について財別の投資額データを得るのは困難であるため、ここでは情報通信機器の国内需要を情報通信機器投資として扱う


図表3-6 日本産業標準分類(平成5年10月改訂)との対応
分類番号 分 類 項 目 名 主  な  製  品
3041 有線通信機械機器製造業 電話機器、交換機、電信機、有線放送装置、ファクシミリ、
印刷電信機、テレビ会議システム
3042 無線通信機器製造業 ラジオ放送装置、テレビジョン放送装置、固定通信装置、
車両通信装置、船舶用通信装置、航空用通信装置、携帯
用通信装置、レーダ装置など
3051 電子計算機・同付属装置 電子計算機、磁気テープ装置、入出力装置、ディスプレー、
メモリー装置、事務用印刷機、宛名印刷機
※LANなど通信設備も概念的には含まれると考えられるが捕捉が極めて困難であるため機器以外は含めない。なお、音響機械器具製品、電気音響機械器具製品、ビデオ機器製品、事務用機械器具は広い意味では情報通信機器とみることができる。しかし、現在進行している高度情報化のうねりを捉えるため、電気通信ネットワー及びその端末に限定する。


1 この方法によると、投資額の他に、中間投入、消費に用いられる分が含まれてしまう。また、投資額の評価は生産者価格となる。しかし、これらの修正を行うためのデータとして分析にたえる精度を有するものが存在しないため、本調査研究では特に修正を行わない。
3.2.2 推計方法
 図表3-7に示した推計フローに従い、公共部門、民間部門が保有する情報通信機器ストックを純資本ストックベースで求める。情報通信機器の範囲については、図表3-6に示したとおりであるが、これらの財の耐用年数は大蔵省令によるといずれも6年である。各分類品目単位に実質額からストックを計算し、その総和を情報通信機器ストックとする。
 資本ストックは以下の式で計算できる。
  Kt=(1−δ)Kt−1+It−(1−δ)m・It−m
   Kt t年次の純資本ストック
   It t年次の投資額
    m 耐用年数(6年)
    t 当該年(暦年)
   δ 減価償却率((1−δ)m=0.1)

 推計に用いた資料を図表3-8にまとめて示す。


図表3-7 情報通信機器ストック推計フロー


図表3-8 情報通信機器ストック推計資料
デ ー タ 名 資  料  出  所
情報通信機器の国内生産額
輸入額実績、輸出額実績
・電子工業年鑑(電波新聞社)
・生産動態調査(通産省)
・日本貿易月表(大蔵省)
財別耐用年数 ・大蔵省令
(減価償却資産の耐用年数に関する省令)
情報通信機器のデフレータ ・物価指数年報(日本銀行)
(1993年版、1986年版、1976年版、1970年版)


3.2.3 推計結果
 情報通信機器の投資額を図表3-9に示す。
 我が国のコンピュータ投資は65年頃から立ち上がりを見せ、75年には貿易の全面自由化の影響により一時停滞したものの、その後89年まで年率20%以上で増加した。その要因は金融機関のオンライン化などの情報化投資の急展開、OA化ブームによるオフィスコンピュータ需要の急成長、パソコンの出現と端末周辺装置需要の拡大による点が大きい。90年以降は第三次オンライン化の終了、金融等の投資意欲の後退、バブル崩壊不況から投資は停滞した。
 通信機器は85年の通信端末機器販売の自由化以降に伸びが加速している。また、バブル崩壊後の景気低迷から92年には前年を割り込み、有線通信機器はまだ90年の水準まで回復していない。無線通信機器は94年で90年の水準を更新している。
 情報通信機器ストックの推計結果を図表3-10に示す。
 我が国の情報通信機器ストックの増加は75年以降急速に進展し、特に83年以降の伸びが極めて高い。情報通信機器ストックの構成では、有線通信機器のウェートが後退し、電子計算機のウェートが増大する傾向が顕著で、94年において全体の8割強をコンピュータが占めている。


図表3-9 情報通信機器への投資の推移



図表3-10 情報通信機器ストックの推移


3.3 電気通信業の資本ストック

3.3.1 定義・範囲
 第一種電気通信業及び特別第二種電気通信業の固定資本ストックを電気通信業の資本ストックとする。一般第二種電気通信業については、データの捕捉が困難であること、比較的小規模な事業者が多いことから対象外とする。
 また、情報通信機器ストックは、推計上、電気通信業資本ストックと一部重複するが、本調査研究では、電気通信業の資本ストックの財構成を十分な精度で推計するにたるデータが今のところ得られないことから、本調査では重複のまま扱う。


図表3-11 電気通信業の資本ストック推計フロー


3.3.2 推計方法
 電気通信業の資本ストックの推計は、情報通信機器ストックの場合と違い、設備投資の財構成が非常に多岐にわたる。その中には鉄骨の建築物のように耐用年数が数十年に及ぶものがあるため、ストックの推計に要するデータは長期にわたる。
 設備投資額データは、1952年から1983年までについては、「日本の社会資本」(経済企画庁、1986年)を、1984年については「日本電信電話公社監査報告書」、1984年〜1987年はコモンキャリアの「有価証券報告書」を用いて毎年の設備投資額を推計し、1988年以降は「通信産業設備投資等実態調査」の設備投資額を用いて推計する。
 さらにその設備投資額を、物価指数年報等から推計したデフレータによって実質化し、その実質投資額についてPI法から純資本ストックを計算する。
 耐用年数については、投資額が財別に明確にできないため、電気通信業資本ストックの平均耐用年数を設定して一律に適用する。このとき、平均耐用年数の取り方が重要であるが、平均耐用年数は大蔵省令に示された耐用年数を、先に示した有価証券報告書等の投資額の財構成をウェートとする加重平均の結果を参考にして求めた。
 【算式】
  Kt=(1−δ)Kt−1+It−(1−δ)m・It−m
   Kt  t年次の純資本ストック
   It  t年次の投資額 m耐用年数
      (12年、ただし、1983年以前は14年とする)
   t  当該年(暦年)
   δ  減価償却率((1−δ)m=0.1)

 推計に用いた資料を図表3-12にまとめて示す。


図表3-12 電気通信業の資本ストック推計資料
デ ー タ 名 資  料  出  所
1983年以前の1980年基準
価格の設備投資額
「日本の社会資本」(1986年)
(経済企画庁)
1984年以降の設備投資額 コモンキャリア各社の有価証券報告書
1984年は「日本電信電話公社監査報告書」
1988年以降の設備投資額 「通信産業設備投資等実態調査報告書」
(郵政省)
財別耐用年数 大蔵省令
(減価償却資産の耐用年数に関する省令)
デフレータ 「物価指数年報(1995年版)」(日本銀行)
郵政産業連関表(郵政省)

3.3.3 推計結果
 電気通信業の設備投資の推移を図表3-13に示す。
 電気通信業の設備投資動向には、特徴的な時期が3期認められる。すなわち、72年までの時期とそれ以降84年までの時期、及び85年の電電公社の民営と競争導入後の時期である。
 電気通信設備投資は、72年まで急速なテンポで増加した。73年以降になるとその伸びは極めて緩やかなものとなり、若干の増加に止まっている。この72年という時期は電話ネットワークに大きな変化が生じている。すなわち初めて加入数が2000万を超え、加入電話個人普及率も20%に達した時期で、「すぐつながる電話」という目標が達成された時期でもある。
 85年の投資は前年を大きく割り込んだが、それ以降は競争自由化の中で堅調に推移し、特に90年以降はその伸びが一種、特別二種とも高い。
 電気通信業の資本ストックの推移を図表3-14に示す。
 電気通信資本ストックの伸びは、85〜86年を踊り場として、それ以前の10年間とそれ以降では対照的な動きを示している。すなわち、75年〜85年の期間は次第にストックの伸びが鈍化しているのに対し、87年以降はむしろ加速度的増加がみられる。
 前者のストックは主に電話網であり、電話の普及が進むにつれ、ストックの伸びが鈍化したものである。また、85年〜86年はアナログ網からデジタル網への切り替えが本格化していった時期であり、それ以降の加速度的な資本ストックの目覚ましい伸びは、コンピュータを端末とする情報通信ネットワークの発展に対応するものである。


図表3-13 第一種及び特別第二種電気通信
       事業設備投資の推移(90年価格)



図表3-14 電気通信資本ストックの推移

3.4 公的及び民間産業資本ストック
 産業基盤的社会資本として「KEOデータベース」を利用することと整合性を保つため、公的産業資本ストック、民間産業資本ストックについても、「KEOデータベース」を利用している。データベースから推計された民間産業設備投資は図表3-15のとおりである。
 また、民間産業資本ストックは図表3-16のとおりである。


図表3-15 公的及び民間産業設備投資
  (90年価格)の推移

図表3-16 公的及び民間産業設備投資ストック
  (90年価格)の推移

4 生産関数の推計 

 3で推計した資本ストックデータを用い、マクロモデルの構造方程式の要となる生産関数を推計した。

4.1 生産関数の想定
 経済全体の集計された生産関数として、(1)式のようなコブ・ダグラス型生産関数を考える。
  Y=F(L,K・R,K,K)
   =A・Lα ・(K・R)β1・K2β2・K3β33 …(1)

  Y  民間部門及び公的部門の生産量の合計(実質GDP)
  L  労働投入量(就業者数×月平均実労働時間)
  K 一般資本ストック(公的及び民間産業部門が保有する情報通信資本ストック以外の資本ストック)
  K 情報通信資本ストック(=情報通信機器ストック+電気通信業ストック)
  K 産業基盤的社会資本ストック
  R  Kの稼働率

 規模の経済性のついては、上記のL、K、K、Kを含めて、収穫一定を仮定する。すなわち、
  α+β+β+β=1………(2)とする。
 稼働率については、K、K、Kの三種類の資本の稼働率は異なるものと考える。Kには、製造業及びサービス業が保有する資本が含まれるが、サービス業の稼働率は製造業のそれに等しいと仮定し、製造業の稼働率指数を適用する。その他、Kの情報通信資本については、常に不足状況にあり、フル稼働されるものと仮定する。Kの産業基盤的社会資本についても、稼働率一定を仮定する。


図表4-1 生産関数の推計に用いたデータ
記  号 デ ー タ 項 目 出  所  等
実質GDP ・国民経済計算年報1996年版
(経済企画庁)
労働投入量
(就業者数×月平均実労働時間)
・労働力調査年報(総務庁)
・毎月勤労統計調査月報(労働省)
K 一般資本ストック ・既述の公的及び民間産業資本ストックから
Kを除したもの
K 情報通信資本ストック ・既述の電気通信業資本ストックと情報通信
機器資本ストックの和
K 産業基盤的社会資本ストック ・既述

4.2 計測方法
 計測に当たっては、式(1)の両辺を、労働投入量(L)で除し、さらにそれらの対数を取った下式を用いる。
  Log〔GDP/L〕=Const+βlog〔K1・R/L〕
  =βlog〔K/L〕+βlog〔K/L〕…(3)

 この式は、労働生産性の変化を、K、K、Kの財の資本装備率の変化によって、説明しようとするものである。
 計測は、1971年〜1992年の期間につき、1階の自己相関を仮定し、コクラン・オーカット法(使用ソフト:TSP)による。使用したデータは図表4-1のとおりである。

図表4-2 生産関数の回帰分析結果
 偏 回 帰 係 数   標 準 誤 差   t 値 
−0.0377 0.2587 0.1396
α 0.4182    
β 0.1272 0.0378 3.358
β 0.2825 0.0425 6.636
β 0.1722 0.0642 2.678
回帰式の標準誤差 0.008414
F値 888.7
対数尤度比 82.79
修正後自己相関係数 0.5540
Adjusted R 0.9984
D.W. 比 2.063

4.3 計測結果
 計測結果は図表4-2に示すとおりである。各変数のt値及び決定係数からも統計的に有意な計測結果といえよう。
 この生産関数から求めた理論値と実績値を図表4-3に示す。推計期間全体を通して良好な当てはまりとなっている。
 式(2)のパラメータは、GDPに対する弾力性を表す。すなわち、当該変数の1%の変化に対するGDPの増減の割合を示した数値である。図表4-4に労働、各種資本のGDP弾力性を示す。
 GDP弾力性は労働が最も高く1%の労働投入量の増加に対し、0.4182%のGDP増となる。情報通信インフラが0.2825%、産業基盤的社会資本ストックが0.1722%である。情報通信資本ストックは他の資本ストックと比較して高いGDP弾力性を有していることがわかる。
 この弾力性を用いて過去のGDPに対する寄与度を計算した結果を図表4-5に示す。
 情報通信資本ストックがGDP経済成長に1.40%から3.19%という大きな寄与をもたらしてきたことがわかる。


図表4-3 生産関数の当てはまり


図表4-4 労働、各種資本ストックのGDP弾力性


4.4 その他の構造方程式の推計とマクロモデルのテスト
 4で推計した生産関数の他の構造方程式についても各種実績値をもとに推計を行っい、得られた構造方程式を用いてマクロモデルのパフォーマンステストを行った。テストはマクロモデルの出力を構造方程式の推計に用いた期間の実績値と比較する内挿テストと、構造方程式の推計に用いた期間以降の実績値と比較する外挿テストを行った。

内挿テスト1 部分テスト(パーシャルテスト)
 各構造方程式の説明変数に実績値を代入して計算値を求め、実績値と比較する。単独での方程式の適合度をチェックする。

内挿テスト2 全体テスト(トータルテスト)
 外生変数と先決内生変数には実績値、内生変数には計算値を入れ、各構造方程式の誤差がモデル内の因果関係を通じて他の構造方程式に及ぼす影響を見る。

内挿テスト3 最終テスト(ファイナルテスト)
 外生変数及び先決内生変数の初期値を除くすべての説明変数に計算値を代入する。誤差の影響を次期以降にも影響させてテストし、モデルの適合性を判断する。

外挿テスト
 モデル構築のための観測期間以降についてシミュレーションする。具体的には実績値の得られている1995年についてテストした。
 なお、モデルの適合度の評価には以下の平均絶対誤差率を用いた。
  MAER Σt|Et−Ot|/Σt|Ot|×100

 テストの結果として、GDPの誤差率が1.48、CPが1.50、WPIが1.03等、良好なテスト結果を得ている。

図表4-5 経済成長に対する寄与度

5 予測シミュレーションの概要 

 構築されたマクロ計量モデルを用いて、産業基盤的社会資本投資の一部を電気通信インフラに振り向けることによる経済効果について予測シミュレーションを行った。その概要を以下に紹介する。

5.1 シミュレーション予測の条件
 予測シミュレーションによる課題は、公的固定資本形成の総額を変えないで、これまで道路・港湾・橋梁などの産業基盤的社会資本といわれるものに対する投資の一部を、光ファイバ網などの電気通信インフラの整備に振り向けた場合の経済効果を明らかにすることをねらいとしている。具体的には、公的固定資本形成のうち、産業基盤的社会資本整備投資から電気通信業の設備投資へ、トレンドケースの電気通信業の設備投資額の1割に相当する額を振り向ける場合と、3割に相当する額を振り向ける場合の2つのケースを考えた。

(1) 産業基盤的社会資本投資の想定
  公的固定資本形成のうち、産業基盤的社会資本投資の占める割合を、過去の実績から0.344と推計し、今後の公的固定資本形成(名目)が今後1996〜2000まで6%、2001〜2005年まで5%の割合で増加することを前提としている。

(2) 電気通信業の設備投資の想定
  電気通信業の設備投資は、過去の年平均伸び率から将来的に年5.77%の割合で増加することを前提とした。

5.2 トレンドケースの結果
 トレンドケースにおけるマクロモデルの主要な結果を図表5-1に示す。
 実質GDPは年率2.3〜2.8%で成長する。しかし、その伸び率は次第に鈍化する。物価は上昇傾向にある。就業者数は2000年度には6,660万人となるが、その後は減少する。それに対応して完全失業率も2000年度には3.1%まで下がるが、上昇に転じ、2005年度には3.4%に至る。


図表5-1 トレンドケースの主要結果と年平均伸び率
年 度 1996 2000 2005 96−00 00−05
90年価格GDP/10億円 480,741 535,777 600,803 2.75% 2.32%
名目GDP/10億円 503,347 609,882 728,535 4.92% 3.62%
WPI(1990=100) 93.1 96.8 99.7 0.98% 0.59%
CPI(1990=100) 107.3 117.5 127.0 2.30% 1.57%
就業者数/万人 6,512 6,660 6,640 0.56% −0.06%
完全失業率 3.3% 3.1% 3.4% −0.05% 0.06%

5.3 基盤的社会資本投資の一部を電気通信インフラに振り向けることによる経済効果の分析

5.3.1 予測結果
 主要な予測結果をトレンドケースとの差分と共に図表5-2、図表5-3に示す。


図表5-2 1割振り向けケースの主要な結果とトレンドケースとの差
年 度 1996 2000 2005 96‐00 00‐05
90年価格GDP/10億円 480,741 536,117 601,265 2.76% 2.32%
名目GDP/10億円 503,347 609,396 727,771 4.90% 3.61%
WPI(1990=100) 93.1 96.4 99.2 0.87% 0.57%
CPI(1990=100) 107.3 117.3 126.8 2.25% 1.57%
就業者数/万人 6,512 6,660 6,640 0.56% −0.06%
完全失業率 3.3% 3.1% 3.4% −0.05% 0.06%
90年価格GDP/10億円 0 340 462 0.02% 0.00%
名目GDP/10億円 0 −486 −764 −0.02% −0.01%
WPI(1990=100) 0.0 −0.4 −0.5 −0.10% −0.02%
CPI(1990=100) 0.0 −0.2 −0.2 −0.04% 0.00%
就業者数/万人 0 0 0 0.00% 0.00%
完全失業率 0.0% 0.0% 0.0% 0.00%
0.00%
※下段はトレンドケースとの差である。 


図表5-3 3割振り向けケースの主要な結果とトレンドケースとの差
年 度 1996 2000 2005 96‐00 00‐05
90年価格GDP/10億円 480,741 536,777 602,095 2.79% 2.32%
名目GDP/10億円 503,347 608,526 726,412 4.86% 3.60%
WPI(1990=100) 93.1 95.8 98.3 0.72% 0.52%
CPI(1990=100) 107.3 117.1 126.4 2.21%, 1.54%
就業者数/万人 6,512 6,660 6,641 0.56% −0.06%
完全失業率 3.3% 3.1% 3.4% −0.05% 0.06%
90年価格GDP/10億円 0 1,000 1,292 0.05% 0.01%
名目GDP/10億円 0 −1,356 −2,123 −0.06% −0.01%
WPI(1990=100) 0.0 −1.0 −1.4 −0.26% −0.08%
CPI(1990=100) 0.0 −0.4 −0.6 −0.09% −0.03%
就業者数/万人 0 0 0 0.00% 0.00%
完全失業率 0.0% 0.0% 0.0% 0.00% 0.00%
※下段はトレンドケースとの差である。
 
5.4 シミュレーション結果について
 本来、道路建設と電気通信インフラ整備では、それに必要とする資材がそもそも異なっており、財貨ごとの国産自給率の相違から、我が国に対する需要効果にも多少の違いが生じるはずである。
 しかし、マクロ計量モデル上はこのような財貨の違いを反映させることができないため、ここでは道路建設のような産業基盤的社会資本整備の場合と電気通信インフラ整備の場合では、投資額が同じならば、その需要効果に違いがないものと仮定した予測を行う。
 つまり、整備されたインフラを利用することによる経済効果の違いを分析対象としていることになる。このことは、重要な留意点である。
 シュミレーション結果として得られた、トレンドケースに対する一割振り替え、三割振り替えの場合の経済効果を図表5-4へ示す。
 産業基盤的社会資本整備として行われる設備投資の一部を、電気通信インフラ整備に振り向けることには、大きな経済効果があることが明らかになった。1割ケースでは単年度で2000年度で3403億円、2005年度で4623億円、累積では3兆459億円、3割ケースでは単年度で2000年度で1兆2億円、2005年度で1兆2922億円、累積では8兆8219億円もトレンドケースより実質GDPが大きくなる。
 物価についても振り向けケースの方が、トレンドケースよりも抑制されることがわかる。


図表5-4 振り向けケースの経済効果


6 終わりに 

 これまで、マクロ計量モデル構築に際して推計した生産関数から、労働及び情報通信資本ストックをはじめとする各種資本ストックのGDP弾力性や過去における経済成長の寄与度を推計した。また、構築されたマクロ計量モデルを使用して、2005年までの情報通信資本投資の経済効果を産業基盤的社会資本投資との関係からシミュレーションを行い比較した。いずれの場合でも、情報通信資本投資が我が国経済発展のために大きく貢献していることが明らかになった。
 ただし、本研究では需要効果に着目するのではなく生産性の向上つまり、整備されたインフラを利用することによる経済効果の違いのみを分析対象としている。
 最後に、マクロ計量モデル構築の全般にわたりご指導頂きました慶応義塾大学経済学部清水雅彦教授に感謝致します。また、慶応義塾大学産業研究所野村浩二助手には「KEOデータベース」の貴重なデータの提供と有益なご助言を頂いたことに感謝致します。


 参考文献等
1. 経済企画庁、「経済審議会社会資本研究委員会報告書」 1969年
2. 経済企画庁、「日本の社会資本」1986年
3. 三井 清、太田 清、「社会資本の生産性と公的金融」 日本評論社 1995年
4. 黒田 昌裕、新保 一成、野村 浩二、小林 信行、「KEOデータベース」 慶応義塾大学産業研究所 1997年
5. 「電子工業年鑑」 電波新聞社 1958年〜1995年
6. 通産省「生産動態調査」 1958年〜1995年
7. 大蔵省 「日本貿易月表」1958年〜1995年
8. 日本銀行「物価指数年報」 1970年版、1976年版、1986年版、1993年版、1995年版
9. 「日本電信電話公社監査報告書」 1984年
10. コモンキャリア各社有価証券報告書 1984年〜1987年
11. 郵政省「通信産業設備投資等実態調査報告書」1988年〜1997年
12. 郵政省「郵政産業連関表」
13. 「エコノメートマクロ経済モデル/年次版(1996年)」東洋経済新報社



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