郵政研究所ディスカッションペーパー・シリーズ 1998-09



我が国家計の消費関数の実証分析
:マイクロデ−タによる分析

竹澤 康子※
松浦 克己※※






我が国家計の消費関数の実証分析 :マイクロデ−タによる分析

神戸大学経済学部  竹澤 康子
横浜市立大学商学部 松浦 克己

 家計消費はSNAの60%強を占め、経済動向を最も強く規定する要因である。90年代における我が国の消費、貯蓄あるいは就業等の家計行動に関しては不況などの循環的な要因と高齢化、家族人員数の減少等の構造的な要因が影響していることが考えられる。
 マイクロデータでは家計の所得や資産などをはじめ、世帯主の年齢や世帯構成など各家計の属性をより厳密に把握することができるので、1994年の全国消費実態調査の個票を用いることにより、家計行動の決定要因を詳細に把握することに努める。
 分析に当たっては、高齢者世帯と若い世帯では消費行動が異なる可能性があるのが、その検証により両者の行動は異なることが示される。また資産効果が影響していることも示される。また所得と消費の関係が、非線形であることも明らかにされる。



1 はじめに

 家計の個人消費はSNAの60%強を占め、経済動向を最も強く規定する要因である。消費は経済成長の目標であると同時にその原動力でもある。その中で90年代における我が国の消費、貯蓄あるいは就業等の家計行動に関しては循環的な要因と構造的な要因とが影響しているのではないかというこが指摘されている。
 循環的な要因の一つは、失業率の増加に代表される将来の不確実性の増加である。これは家計の恒常所得の低下などをもたらして、その消費を減少させることが予想される。一つはいわゆる資産価格の低迷や史上最低の長期金利にみられる金融面の影響である。これらはバブル崩壊後の景気循環局面で家計行動に何らかの影響を及ぼしていることがいわれている(小川・北坂[1998])。
 構造的な要因として指摘されるのは高齢化と家族構成の変化である。ライフサイクル仮説の観点からすれば高齢者は貯蓄を取り崩し消費に回す傾向が高いであろう。事実高齢者世帯の消費水準は30,40代の世帯を上回るものがある1)。そうであれば高齢者世帯の増加は社会全体としての消費水準を増加させている可能性がある。家族構成の変化の主なものは核家族化と少子化である。我が国の特徴とされた三世代同居などのextended familyは減少している。extended familyの減少と少子化により一世帯当たりの家族人員は長期的にみて着実に減少している。家計には規模の経済が存在することがいわれているので、この家族構成の変化は小規模家計の増加により社会全体の消費を増加させているであろう。
 我が国の消費や貯蓄に関してはかなりの研究の蓄積がある(80年代までの分析についてはたとえば溝口[1988]参照)。家計行動の分析にマイクロデ−タを用いることは、家計の所得や資産などをはじめ、世帯主の年齢や世帯構成など各家計の属性の影響をより厳密に把握することができるので有益である。特にアグリゲ−トされた時系列デ−タでは非常に緩やかにしか変動しない高齢化や家族数の減少という構造的変化を捉えるには適切である。しかしマイクロデ−タを用いた分析の多くは80年代までのデ−タを用いて行われており、最近のマイクロデ−タにより家計の属性を考慮した分析は少ない2)。またバブル崩壊後長期の低迷が続く92年以降とそれ以前では家計の行動もかなり異なる可能性がある。そこで本論文では1994年の「全国消費実態調査」の個票を用いることにより、家計行動の決定要因をより詳細に把握することに努める。これが本論文の第一の目的である。
 高齢者は相対的に豊かな消費水準を享受していることが指摘されている(松浦・滋野[1998]参照)。高齢者世帯と若い世帯では消費行動が異なる可能性があるので、高齢者世帯とより若い世帯の消費行動が共通であるのか異なるものであるのかということについて、検証を試みる。これが本論文の第二の目的である。
 消費に与える資産効果が、理論的にも実際的にも問題となっている。金融資産(集計したものと預貯金、保険、有価証券の別)、負債(集計したものと住宅ロ−ン、消費者ロ−ンの別)と実物資産についてその影響が異なるのか同一であるのかについても分析を試みる。これが本論文の第三の目的である。
 所得が消費に与える影響について、従来は両者の関係は線形であると仮定されることが多かった。そこから消費刺激策としての税制(所得税や消費税等)も高所得者に対する減税が考慮されている事例が多い。しかし所得と消費の関係が線形であるというのは必ずしも観察される事実とは限らない(高山他[1992]参照)。本論文ではこの点について明示的な考慮が払われる。
 なお本稿では消費を非耐久消費財、サ−ビスに対する支出及び帰属家賃と現物支出として捉えて分析を行う。
 以下本論文の構成を簡単に述べる。第2節では本論文で用いるデ−タの処理、及び消費と所得の概念について解説する。第3節で計量方法と実証モデルについて解説する。第4節で推計結果について述べる。第5節で本論文のまとめと課題について簡単に触れることにする。



2 デ−タ及び消費と所得の捉え方

1) データについて

2) 消費の捉え方

3) 所得





3 計量方法と実証モデルの導出

1) 計量方法

2) 実証モデルの導出




5 推計結果

 推計は最初に全サンプルについて一括して行った。その際所得の非線形効果については可処分所得階層ダミ−を用いるケ−スと所得の二乗項を用いるケ−スで分析した。  ついでグル−プ間で消費関数が異なるのか同一であるのかを検証するために、世帯主の年齢(60歳以上と59歳以下)によりサンプルを分割した。ここでは所得の非線形効果については所得の二乗項を用いた。

1) 全サンプルを一括して推計した場合。

2) 世帯主年齢60歳でサンプルを分割する場合





5 おわりに

 本論文では94年の全消を用い家計の消費行動を分析した。そこでは世帯主が59歳以下の世帯と60歳以上の家計では消費行動が異なることが明らかになった。なかでも最低消費水準に関して高齢者世帯が59歳以下世帯を大きく上回っている。高齢者世帯では資産負債に係る変数がいずれも有意に正であり、借り入れと(粗)資産の蓄積が共に消費を刺激していることを示唆している。最低消費水準や所得、資産の動きを考慮すると60歳以上の家計は59歳以下の家計の消費を上回るといえよう。また核家族化や少子化による家族人員の減少が、社会全体の消費を増加させていることも推計結果から示唆される。このように高齢化や家族構成の変化という社会の構造的な要因が消費を高めていることが本論文では改めて確認された。
資産効果はその種類毎に異なるが、有価証券や保険の影響が相対的に高いことも明らかになった。これからすれば近年の株式の下落や低金利による保険の配当(剰余金の蓄積)の減少が、消費にある程度抑制的な影響を与えているといえよう。
 また所得と消費が非線形の関係に立つことから低中所得者に対する減税政策(所得税や消費税)がより消費を刺激することが示された。
 ただし本稿で取り上げた全消デ−タは、ボ−ナス期を調査期間に含んでいない。そのために平常月の消費行動は捉えられても、ボ−ナス効果は把握されていない。年間を通した家計の消費行動を明らかにする上では、家計調査等他の資料で捕捉して分析することが必要であろう。
 年間の利子・配当収入についてほとんど回答が無い、あるいは預貯金の取崩しや負債の返済は元利込みで記載されているということにみられる、家計の認識する所得や消費とは一体何かという問題も残されている。標準的な経済学の消費・所得概念と家計の認識の差を、家計行動の分析にどのように取り込むかということも残された課題である。


参考文献

石川経夫[1990]「家計の富と企業の富」西村清彦・三輪芳朗編『日本の株価・地価』東京大学出版会,所収

小川和夫・北坂真一[1998]『資産市場と景気変動』日本経済新聞社

岩本康・尾崎哲・前川佑貴[1996]「『家計調査』と『国民経済計算』における家計貯蓄率の乖離について(1)」『ファイナンシャル・レビュ−』vol.35,pp.51-82

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高山憲之編著[1992]『ストック・エコノミ−』東洋経済新報社

竹澤康子・松浦克己[1998]「勤労者家計の通貨需要関数の実証分析」『国民経済雑誌』vol.177No.3,pp73-92.

ホリオカ・チャル−ズ・ユウジ[1995]「キャピタル・ゲインの家計消費・貯蓄に与える影響」本多佑三編『日本の景気』有斐閣,所収

松浦克己・滋野由紀子[1998]「年齢別の消費・所得・資産の不平等」郵政研究DP

松浦克己・滋野由紀子[1996]『女性の就業と富の分配』日本評論社

溝口敏之[1988]「日本の消費関数分析の展望」『経済研究』vol.139,pp.253-276

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White,H[1980]“A Heteroskedasticity-Consistent Covariance Matrix and aDirect Test for Heteroskedasticity” Econometrica,vol.48,pp.817-838