郵政研究所ディスカッションペーパー・シリーズ 1998-12



IIAの検定とマクロの需給要因を考慮した女性の就業形態の選択

横浜市立大学商学部   松浦  克己※※
大阪市立大学経済学部  滋野 由紀子




※横浜市立大学教授
※※大阪市立大学助手

本論文では、女性の就業形態の決定についてIIAの検定とマクロの需給要因を考慮して分析する。従来の先行研究ではIIAの成立が仮定され、またマクロの需給要因が考慮されることはなかった。  本論文ではIIAの仮定が成立するかどうかを検定する。分析によればこの仮定は満たされている。有効求人倍率やIIPは有意に女性の就業形態の選択に影響している。景気が上向くときは、女性は正規就業を選択している。



IIA test and macro economic factors affect married females' choice of labor supply pattern

Yokohama City University Katsumi Matsuura
Osaka City University Yukiko Shigeno

This paper analyzes the choice of working style of married females taking into account the IIA (independence of irrelevant alternatives) test and macro-economic factors. Past studies were based on the assumption of the validity of IIA and ignored the significance of macro-economic factors . We have therefore tested the independence assumption to see whether or not it is justified and found that it is. The ratio of labor supply to demand along with IIP indeed affects the choice of working style : As business gets better, females choose full-time status.







IIAの検定とマクロの需給要因を考慮した女性の就業形態の選択


1998・7             
横浜市立大学商学部  松浦 克 己
大阪市立大学経済学部 滋野 由紀子

1 はじめに

女性の雇用での就業形態に関しては
 @ 働かない---労働市場に参入しない
 A 求職中 ---労働市場に(潜在的に)参入
 B パートタイム ---労働市場に参入
 C フルタイム(正規勤務)---労働市場に参入
に分けることができる。

 我が国では失業率が低いので数が少ない求職中を仮にパートに統合するとしよう。それにより雇用形態での就業との関係で女性の選択は次のように3区分される。

@ 働かない  A 求職中・パート B フルタイム

女性の雇用労働市場への参入とその就業形態に関する従来の研究では、この3つの選択肢を並列して扱い、計量経済学の観点からはMultinominal Logitモデルで分析が行われた(大沢[1992]、高山・有田[1992]、Nagase[1997]、永瀬[1997a])。いわば次のような選択形態である。

 このMultinominal Logitモデルは、任意の2つの選択肢間の選択確率は他の第三の選択肢の存在によって影響されない(IIA,Independence of Irrelevant Alternatives)という仮定を満たしていることが前提とされている。言い換えれば、働かないとパートタイムの選択確率はフルタイムの選択肢の存在に影響されない、あるいは、パートタイムとフルタイムの選択確率は働かない(労働市場に参入しない)という選択肢に影響されないという仮定をおいていることになる。

 しかし女性の就業選択が、並列的であると先験的に定める理由は必ずしも無いであろう。フルタイムの就業を選択する場合は、女性に金銭費用と時間費用の両面で固定費用がかかることはしばしば指摘されるところである。たとえば労働時間を選択する余地はフルタイム就業の場合は無い。またフルタイムを選択するために家事や育児を外部委託すればベビ−シッダ−の雇用費用や保育所への支払い費用が必要となる。女性の雇用形態での就業率がM字型であることは繰り返し指摘されているが、その理由の一端が20代や30代の女性の結婚・出産や幼児の育児のための退職にあることは間違いないであろう。これらの退職にはフルタイムでの就業(継続)の固定費用が影響していよう。他方で一旦退職した後育児などが一段落して労働市場に再参入しようとしても、労働条件の良い企業等にフルタイムで就職することは必ずしも容易ではない。
 そこで女性は家事等の固定費用を踏まえて、まずフルタイムでの就業(継続)を選ぶか、あるいはフルタイム以外(パ-トまたは非就業)の形態を選択するかを考え、フルタイム以外の選択を行うとするときに次の段階でパ-トか非就業を判断する、と考えることも可能である。その場合は次のようなネストしたtree構造が成立していると考えることになる。

 このケ−スではIIAが成立していないと仮定することになる。しかしIIAが成立しているのかそれとも成立していないのかは、やはり予め定まらない。
 このように、いずれの構造が女性の労働市場で成立しているのかをアプリオリに定めることはできない。しかし従来の先行研究でIIAを検証した上で女性の就業選択を分析したものはない。そこで本論文ではIIAの検定を通じて、並列した選択なのかネストした選択なのかを分析することとしたい1)。これが本論文の第一の特色である。
 個票を使った労働供給の分析に関する先行研究では、労働需要側の要因や経済のマクロ的要因は取り上げられていない。本論文では、労働の需給に影響するマクロ的要因も併せて考慮する。景気が低迷し労働需要が減退しているような場合、求職活動そのものを断念し労働市場に登場しないケ−スが考えられる(就業意欲喪失効果)。他方では景気低迷による世帯主等の所得の減少や不安定化を補うために妻が新たに就業する等のケ−スも考えられるある(付加的労働者効果)。労働需給のマクロ的要因の影響を、都道府県別鉱工業生産指数(IIP)や有効求人倍率を用いることで分析する。また付加的労働者効果や就業意欲喪失効果については、パ-トとフルタイムの選択で異なる可能性がある。労働市場の調整でたとえば女性が男性に比べよりバッファー的存在である場合、パ-トの増減として現れるケースとフルタイムでの増減として現れるケースとが考えられる。労働市場の需要側の要因やマクロの景気要因がどちらにより働くかを併せて分析する。これが本論文の第二の特色である。
 選択肢が3個以上の多肢的な質的選択モデルの解釈はMultinominal Logitモデルであれ、Nested LogitモデルやOrdered Probitモデルであれ、必ずしも容易ではない(Greene[1997]参照)。しかし従来の先行研究では、大沢[1993]を除き、この側面は余り配慮されなかった。経済的に意味のある解釈を行うためにはマ−ジナル効果をみる必要がある。本論文ではこのマ−ジナル効果を取り上げることにする。
 本論文の構成は以下の通りである。第2節でMultinominal LogitモデルとNested Logitモデルの計量方法とIIAの検定、及びマ−ジナル効果の考え方について解説する。第3節でデ−タと具体的な定式化について解説する。第4節で推計結果を紹介する。第5節で本論文の簡単なまとめと残された課題について触れることにする。

2 計量の方法

 本節ではMultinominal LogitモデルとNested Logitモデルについてその方法論、及び2つのモデルの内いずれを採用するのが妥当かのIIAの問題について説明する
(Maddala[1982], McFadden[1984],Amemiya[1985],Cramer[1991],Greene[1997],縄田[1997]参照)。また多肢的選択モデルでは、モデルから得られた係数それ自体の解釈は必ずしも容易ではない。多肢的選択モデルについては、マ−ジナル効果により経済的に意味のある解釈を行う必要がある。マ−ジナル効果の導出について説明する。

1) Multinominal LogitモデルとNested Logitモデルの関係

2) 二値的選択と多肢的選択の係数の違い




3 データと定式化

 本論文では1994年の全国消費実態調査(全消)の個票を主に用いる。全消では家族構成や世帯員毎の就業状態や収入、さらに金融資産・負債を知ることができる。そのために家計の属性や保証所得、資産効果を考慮した分析が可能となる。また労働需給のマクロ的な要因を表すものとして都道府県別鉱工業生産指数(IIP,通産省)と月間常用労働者の有効求人数/有効求職者数(総務庁)を取り上げる。これにより経済情勢の就業意欲喪失効果や付加的労働者効果の関係の把握に努める。
ただし全消では、女性の留保賃金に影響する可能性のある教育歴と過去の就業経験を知ることはできない。この点推計結果の解釈に当たっては留意が必要であろう。

1) 就業形態の区分

2) 対象サンプル




4  IIAの検定と推計結果

 IIAの条件が満たされているのか、それともIIAが成立するという帰無仮説は棄却されるのかを、本節では検討する。その上で女性の就業形態の選択が何によっているのかを具体的にみることにする。なお本稿ではMultinominal LogitモデルとNested Logitモデルの推計に当たり普通勤務(フルタイムで労働市場に参入)を基準としている(パラメ -タを0に基準化する)。

1) IIAの検定

2) 既婚女性の就業選択要因




5 結び

 既婚女性の就業形態がフルタイム、パ-ト・求職、無職(働かない)で並列的に行われているのか、あるいはフルタイムとフルタイム以外の選択が最初に行われ次にフルタイムを選ばない場合にパ-トと無職の判断が行われるnestした形で行われているかについて、IIAの検証を試みた。それによればIIAは成立しており、既婚女性の就業選択は並列的に行われていることが示された。従って計量の方法論ではMultinominal Logitモデルによることが支持された。
本論文では、Multinominal Logitモデルの係数自体の解釈が容易ではないことに鑑み、そのマ−ジナル効果により各説明変数の影響の程度を分析した。そこでは雇用形態での労働市場への参入といっても、夫の所得や資産、家事の固定費用、IIP等についてフルタイムとパ−トタイムではかなり効果が異なるこが明らかになった。従来の議論は、家事の固定費用についてはフルタイムと非就業についてはよく説明できるがパ−トについては必ずしも当てはまらないこと、また資産効果や保証所得については非就業は説明できるがフルタイムの選択は説明できないことを明らかにした。その中でも既婚女性は就業の機会に恵まれれば一気にフルタイムを選好することを明らかにした。これは労働市場の需給調整が女性のフルタイム就業の増減という形で行われることを示唆している。労働市場の需給調整は労働時間でまず行われ、次に人員で行われるということは指摘されている。ただ女性に関しては、男性に比べバッファー的要素が強いとみられることから、フルタイムでの雇用機会により強く現れている可能性がある。またフルタイムの選択に関しては就業コストの高さを反映した女性の就業選択が行われており、今後女性のフルタイムでの就業を促進するためにはその固定費用を低める政策が望ましいこととが示唆された。
本論文では、デ−タ上の制約から女性の教育歴と過去の就業経験を取り上げることはできなかった。この二つの変数は女性の留保賃金の決定にかなり影響することが考えられる。IIAが成立するという本論文の検定結果も、この変数を欠いたことに影響されている可能性はある。この影響を捉えることが本論文に残された課題である。



1)労働供給時間(勤務時間)を労働者が選択する余地が乏しい普通勤務(ex.正社員など)とある程度選択できるパートタイムとを同列に論じうるかどうかは、理論的にも争点となりうる。(樋口[1991]、Netscape[1997]参照)。
2)休職中の者の扱いには触れられていない。
3)推定賃金を入れないモデルも併せて分析されている。 4)なおこれらの先行研究の他に樋口[1991]は1974,77年の「就業構造基本調査」を用いて家計類型別に分析している。
5)教育歴と過去の就業経験がデータ上知り得ないので、留保賃金を十分には捉えきれていない可能性があることは前述のとおりである。
6)金融資産の蓄積は女性が就業して得られた結果として解釈することも可能である。しかし滋野・松浦[1998]に示されているように、家計の貯蓄行動が女性の就業の内生変数であるとすれば、資産の対する選好が女性の就業に影響しているとえよう。
7)実物資産の評価額に変えて持ち家ダミーを入れた推計も試みた。結果は表1に揚げるとおりである。の値は、0.26(0.85)であり、尤度比検定の統計量は、0.53であり、本文に述べた結果と大きくかわるところはない。
表注1

8)女性の雇用形態での就業選択うぃ、労働市場への参入・不参入をまず判断し、次にフルタイムとパートタイムの選択を行うと考えることも可能である。その場合は次のようなtree構造を考えることになる。

このケースの推計も試みた。収束の関係で末子の幼児の年齢は3歳以下とした。また世帯の人員数は説明変数から除いた。住宅ローンと消費者ローンは併せて負債とした。結果は表注1に揚げるとおりである。の値は、-0.25(-0.83)であり尤度比検定の統計量は、0.19であるから、このパターンでもILAは成立している。

表注2

しかしこのモデルでは、フルタイムの場合の家事の固定費用の問題が十分には捉え切れていないように思われる。本文に揚げた結果に基づいて、マージナル効果などは、解釈することにする。
9)マージナル効果はサンプル平均で計算されているので、ダミー変数については参考までであろう。
10)表注3
11)ただし大沢はMultinominal Logit モデルの有意水準は報告しているが、マージナル効果の有意水準は報告してうない。高山・有田[1992]は収入階層によってMultinominal Logit モデルの有意水準が異なっている。


参考文献

大沢真知子[1992]『経済変化と女子労働』日本評論社
滋野由紀子・大日康史[1998]「育児休業制度の女性の結婚と継続就業への影響」manuscript
高山憲行・有田富子[1992]「共稼ぎ世帯の家計実態と妻の就業選択」『日本経済研究』N0.22.pp.19-45
永瀬伸子[1997a]「女性の就業選択:家庭内生産と労働供給」中馬・駿河編
『雇用慣行の変化と女性労働』所収 東京大学出版会
永瀬伸子[1997b]「既婚女子の労働供給-短時間労働,長時間労働供給関数の推定」『経済研究』Vol.48 No.1. pp.49-58
縄田和満[1997]「Probit,Logit,Tobit」縄田他『応用計量経済学U』所収、多賀出版
樋口美雄[1980]『既婚女子の労働供給と資産保有」『三田商学研究』 Vol23.No3.pp37-54
樋口美雄[1991]『日本経済と就業行動』東洋経済新報社
Amemiya,T.[1985]Advanced Econometrics :Harvard University Press
Barzel,Y.,and R.J.McDonald[1973]“Assets,Subsistence,and ths Supply Curve of Labor,”American Economic Review Vol63.No4. pp
Cramer,J.S.[1991]The Logit Model:an introduction to economists: Edward Arnold Greene ,W.[1997]Econometric Analysis :Prentice Hall
Hausman.J., and D.McFadden[1984]“A Specification Test for the Multinominal Logit Model,” Econometrica ,Vol52.pp.1219-1240
Maddala,G[1983]Limited and Qualitative Dependent Varibles in Econometrics :Cambridge University Press McFadden,D.[1984]“Regression Based Specification Test for the M-ultinominal Logit Model,”Journal of Econometrics ,Vol34.pp.63-82
Nagase,N.[1997]“Wage Differentials and Labour Supply of Married Women in Japan:PartTime and Informal Sector Work Opportunities,”Japanese Economic Review,Vol.48 No.1. pp.29-42
Shigeno,Y., and K.Matsuura[1998]“Does the Progress of Women'Socila Activity Increase Financial Saving Ratio and Amount of Savings?-Analysis by Age Groups,”Osaka City University Economic Review Vol33.No2.pp.17-38