貯蓄経済研究

社会の変化とイノベーション

有名なコブ=ダグラス型生産関数は、Y=ALα Kβ で示される。ここでYは生産量、Aは技術進歩、Lは労働投入量、Kは資本投入量、αは労働分配率、βは資本分配率である。企業が生産活動を行う際の主要な要決定要素は、労働量と資本量であって、技術は外生的な定数として取り扱われることとなる。

しかし、現実の企業経営では、この技術進歩あるいは技術革新に関してどのような意思決定を行うかどうかは、企業の存廃にもかかわる大きな要素であるが、適確な対応が困難な問題でもある。

社会の大きな非連続的な変化も、「量」よりも、技術という「質」の転換によってもたらされることが多い。

農業革命、産業革命、情報革命は、技術革命と言い換えることができる。

何らかの必要があれば、それに対応して発明や工夫がなされる。「必要は発明の母」という格言の由来である。しかし、社会に大きな変化をもたらす発明はその逆で、発明が必要(ニーズ)を生むのである。

例えば、電話は、アレクサンダー・グラハム・ベルより発明され、社会を大きく変化させたものである。ベルは、この発明を、当時の米国最大の通信会社(電信会社)であるウエスタン・ユニオンに持ち込み譲渡の申し入れを行っているが、ウエスタン・ユニオンはこの申し出を断った。

電話は、1876年に特許出願されているが、当時は、電信の時代であり、電話の出願名も「電信の改良」であった。アメリカはすでに巨大な資本主義国であり、通信に対するニーズは強く意識されていたが、それは電信により満たされていたのである。ウエスタン・ユニオンの社長は、電気を使ったおもちゃなど不要であると言ったとされる。

当初電話は、二地点間で、短距離間の通信として用いられた。近隣の人々の便利な通信手段として広く受け入れられた。因みに電信は、主として長距離の通信手段であった。

この電話は、交換の発明ともあいまって、巨大なネットワーク・ビジネスに成長したのである。ベルの会社はAT&Tとなり、1910年には、ウエスタン・ユニオンを買い取ったのである。

ウエスタン・ユニオンは何故ベルの申し出を拒んだのであろうか。経営者が無能であったからではない。当時は、全米の電信網こそが通信網として必要不可欠な、そしてビジネスとしても大成功を収めていたのであり、顧客からも短距離の二点間の音声通信など求められていなかったのである。拒否は極めて常識的な判断であった。

ジャレド・ダイアモンドは、その著作「銃・病原菌・鉄」の中で、「必要は発明の母」の逆の例として、蓄音機の主要な使い方が、音楽再生であることを、発明者であるエジソン自身が認めたのは20年後であったこと、自動車についても当時は、馬と鉄道でニーズは満たされており、ニコラウス・オットーの内燃機関の発明が今日の自動車の普及をもたらすとは誰も思わなかったことだと書いている。

ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、イノベーションには、破壊的イノベーションと持続的イノベーションの二種類があり、安定的大企業にとって、破壊的イノベーションへの対応は、極めて困難であると指摘している。

持続的イノベーションに分類される技術革新は、おおむね製品の性能を高めるものであり、主要市場で求められる延長戦上で対応できるものであり、改良等が急速であれ、緩やかであれ安定的な大企業には対応が容易であり、主要顧客にとっても一番に求めるものである。より高性能で低価格となるのであるから異論は生じない。

破壊的イノベーションは、これとはかなり違ったものである。クリステンセン教授は、その著作「イノベーションのジレンマ」の中で、「製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーション」と著している。低価格で、小型で使い勝手の良いものが多い。

例えば、ソニーのトランジスタ・ラジオがある。当時のアメリカでは、大型の高性能の真空管を使用したラジオがあり、「何故小さくすれば良いのだ」「雑音の多いトランジスタ・ラジオに対するニーズなど考えられない」などとするのが、大多数の反応であったという。

実際にはティーンエイジの若者たちに支持され、結果的には真空管自体をも駆逐し、半導体時代の幕を開けたのである。

インターネットや最近のクラウドなどで使われる端末等もこれにあたりそうである。スマートフォン、iPADなどの種々の情報端末は、相乗的に新しい時代を創りつつあるように見える。

これらの破壊的イノベーションが、何をもたらすのか予測することは殆ど不可能である。クリステンセン教授の言によれば、「信頼できる事実は一つだけ『専門家の予測は必ず外れる』ということだ。」

社会も大変動期を迎えている。どのように対応すべきか。正解はおそらくない。試行錯誤の中から正しい道を創るしかないように思える。我々人類の歴史のみならず、生物の進化プロセスも同様かもしれない。

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