貯蓄経済研究

財政健全化計画は安全保障法制関連法案よりプライオリティが低いのか

安倍政権は、2014年7月、閣議決定で憲法第9条の解釈を変更し、集団的自衛権行使を容認した。それまでの政権は憲法解釈上、集団的自衛権の行使は認められていないとの解釈を堅持してきただけに、わが国の安全保障政策を根底から覆す大転換になった。

それから一年、この解釈変更を基に安全保障法制関連法案が策定され、今国会に提出された。現在、武力行使が認められる新3要件の具体的適応範囲、自衛隊による後方支援の拡大、自衛隊員のリスク増大などを巡り活発な論議が行われているが、憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認の是非に遡った議論も絶えない。

そのような中、衆議院憲法審査会に呼ばれた憲法学者三人が揃って、集団的自衛権の行使容認が現行憲法に反し、これに基づく関連法案も違憲と指摘した。これに対し、政府は、閣議決定で示された解釈は1972年の憲法9条を巡る政府見解との論理的整合性は保たれており、法的安定性も維持されているところから、憲法違反という指摘は当たらないとの考え方を表明した。すなわち、72年の見解では憲法9条が戦争を放棄しているからといって、わが国が攻撃されているのに自国を守るための自衛の措置としての武力行使まで認めていないとは到底考えられないと表明しており、近年の安全保障環境の激変を考慮すれば、新三要件を満たす極めて限定的な集団的自衛権の行使は、この見解がいう自衛の措置の範囲内と考えられるので、論理的整合性は保たれているという主張だ。

自民党は憲法の番人は憲法学者ではなく最高裁だと主張し、野党は憲法学者が揃って違憲と指摘したことは重大だと強調する。今国会での成立を目指す与党と国民の納得は得られていないと廃案を目指す野党とは鋭く対立し、国民の理解は必ずしも広がっていないと考えられる現状から、会期延長も視野に今後の論戦と採決の行方が注目されている。

一方、安全保障法制を巡る議論が社会の強い関心を引く中、6月10日、政府の経済財政諮問会議は2020年の基礎的財政収支(PB)の黒字化達成を目指して、財政健全化計画の骨子案を示した。今月中に計画を取りまとめ、閣議決定する予定だが、2018年度時点でのPBの赤字をGDPの1%以内に抑制するという中間目標を掲げたものの、歳出削減の数値目標も具体的施策も盛り込まれなかった。歳出に上限を設けることで経済成長が鈍化すれば2017年度に予定される消費税の10%への増税も出来なくなるとの警戒感からのようだが、これでは計画自体に数値目標や具体策が盛り込まれる可能性は極めて少ない。

同日、自民党の財政再建に関する特命委員会も財政健全化策の提言案を取りまとめたが、毎年一兆円規模で増大する社会保障費を五千億円に抑制することは明示したものの、診療報酬・介護報酬の適正化、後期高齢者の窓口負担のあり方の見直し、高所得高齢者の基礎年金国庫負担分の年金給付の縮減・停止などといった具体策については検討課題として列挙したに止まったという。

政府は、PBの赤字が、実質2%という高い成長を見込んでも税収増だけに頼っていては、2020年度で9.4兆円も残ると試算しているだけに、PBの黒字化達成には計画的な歳出削減は不可欠だ。2014年度の税収が、アベノミクスの成長戦略の効果で、所得税約二兆円、法人税でも約一兆円も増加することとなったが、これが財政再建を経済成長頼みに戻してしまうのではないかとの懸念も拭いきれない。もし、黒字化達成ができなければ、国債消化に重要な役割を果たす1600兆円とも言われる国民の保有する金融資産の国債購入余力が枯渇すると見込まれる時期と重なるだけに、国債引き受けに停滞が生じ、財政破綻のリスクが一気に表面化する恐れがある。

安全保障法制関連法案も財政健全化計画も国の命運を左右する最重要政策であることに変わりはない。だが、前者はマスコミが連日大きく取り上げ詳細に動向を報じ、国民の関心も高いが、後者は片隅を飾るに過ぎず、国民の関心も極めて低い。生命財産の保全に直結する前者と所詮カネの問題に過ぎないと考えられがちな後者とでは比較にならないと受け止めているのだろうか。

デフォルトを回避するため継続的支援が得られるかぎりぎりの交渉が続くギリシャは抜本的な歳出削減策をEUやIMFから求められている。チプラス政権は緊縮財政に不満をもらす国民の支持を受けて政権の座に就いただけに年金給付のカットや退職年齢の引き上げなど有権者に抵抗の大きい抜本策にはいまだ反対し債務の減免を求め続けているが、早晩、何らかの形で受け入れざるを得ないだろう。財政の危機は国民の暮らしを破壊し、生命財産保全の危機に繋がることを再認識すべきではないだろうか。

第一、どのような強固な安全保障法制を整備し国を守る体制を構築したとしても、財政が健全でなければ、装備を充実して有事に迅速な行動を取ることさえも出来ない。安全保障法制を巡る議論に費やすエネルギーを一部振り向けてでも、国民も政府も本気で財政再建に立ち向かい、早急に危機を乗り越える方策を構築すべきではないだろうか。

(2015年6月17日 掲載)

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