貯蓄経済研究

日本郵政グループの高齢者支援事業は成功するか

日本郵政グループの日本郵便とかんぽ生命は、過半の出資を行い、日本IBM、綜合警備保障(ALSOK)、第一生命ホールディングス、電通にも出資を求め、NTTドコモ、セコムの事業参加を得て、新会社を設立し、2017年2月から8社共同で高齢者支援事業に乗り出す方針だという(2016年11月18日付日経新聞朝刊)。全国津々浦々に展開する郵便局ネットワークと各社のノウハウを組み合わせて高齢者向け生活支援サービスに参入し、高齢者の暮らしの後押しをする。

高齢者支援事業の内容は以下の方向で検討中だ。

  1. 日本郵便は、地元の郵便局から社員が月一回高齢者宅を訪問し、30分ほどの会話で健康状態や生活環境の変化を確認する。同意を得て、訪問結果を家族や医療機関などに報告する。
  2. 日本IBMは高齢者向けタブレット端末を開発し、利用者に貸与。高齢者がこれを使ってスーパー等に注文すると、郵便局社員が取りまとめて配達する。タブレット端末に日々の健康状態や服薬状況を入力し、かんぽ生命や第一生命はこれらデータを活用して健康づくりのアドバイスをする。この端末は高齢者同士の交流と娯楽を促進するため、会合案内作成ツール、ラジオアプリ、ゲーム・カラオケ機能などを搭載する。
  3. ALSOKやセコムは、高齢者の体調急変に際して24時間対応で駆け付け、救急車の手配、家族への連絡などにも対応する。
  4. ドコモは通信回線やウェアラブル端末の提供、電通は事業の広報宣伝活動でサービスの基盤を支える。

今回の新規参入計画は、75歳以上の高齢者が2030年には2,300万人に増加する見通しであり、65歳以上の高齢者がいる世帯が2015年に2,372万世帯に達し、このうち一人暮らしと夫婦二人の世帯が1,370万世帯に上ることを踏まえたものだろう。国も医療・介護施設の不足、社会保障費の増大などから高齢者の医療介護を自宅で行う方向に誘導したいとしておりこれに沿ったものだ。ちなみに、見守りや健康管理などの高齢者向けサービスの市場規模は2021年には5,572億円と2016年比30%増大するとの試算もあるそうだ。

このため、この分野への異業種の参入は相次いでいる。

大手IT企業の楽天は全国のLPガス会社などが加盟する団体と提携し、2017年春から、高齢者見守りサービスに参入する計画であり、12月から鹿児島県で試験的サービスを開始したという(2016年12月3日NHKニュース)。楽天は既にLPガス会社と電力小売り事業で提携しており、高齢者世帯の家電製品の使用状況や電気使用時間帯などを監視し、夜中も使用しているなど異常事態が発生した場合にLPガス会社社員が駆け付けて状況を確認することが可能だ。

もともと、LPガス会社は社員が月一回ボンベ交換のため顧客宅を訪問する上に緊急時に備えて30分以内に顧客宅に駆け付ける体制が出来ているため、これを活用できる。さらに、訪問時に面談等で高齢者の健康状態などを確認し、社員に講習を受けさせて認知症予防の運動や食事のアドバイスをすることも検討しているそうだ。

日本郵便の営業店舗である郵便局は、明治の近代化草創期に、国の承認を得て地域の有力者が私財を投じて設置したという歴史的経緯を持つ。通信・物流・金融事業の展開が一気に全国に拡大することができた大きな要因だ。

それだけに、郵便局と地域との繋がりは強固だ。郵便局の運営は家業として代々受け継がれ、局長以下職員も地元の出身が多いという郵便局も少なくない。国営事業としての前身があり、地域の信頼は厚く、各世帯の財務状況だけでなく家庭の事情や暮らしの状況などにも精通している。局長は地域の世話役として、郵便・貯金・保険の営業活動の一環として、各世帯を訪問する機会が多い。その上、郵便事業の社員はほぼ毎日郵便配達のため各世帯を訪問する。歴史的経緯からも現状の事業形態からもこれほど高齢者の見守りや健康管理などのサービスに適した企業はないと言える。

そもそも、郵政事業は国営の時代から地域貢献の一環として、配達途上に高齢者の一人暮らし世帯などに一声掛けて安否を確認し、異常を発見すれば自治体などに連絡するという取り組みを実施してきた。こういう点でも高齢者の見守りや健康管理サービスの先駆者といっても良い。

今回の計画はそういった日本郵政グループの強みを中心に、IT企業や警備事業などと手を組んでそれぞれの強みを生かして相乗効果を狙おうというものであり、高齢社会になくてはならない事業サービスとして定着し成功する可能性は高いものと考えられる。

そのためには、過疎地などに住む高齢者と成人し都会などで離れて暮らすその子供達とを如何に繋げるかではないか。最も多いニーズはこの子供達の抱く親を心配する気持ちが起因になる。子供達に働きかけ親の見守りや健康管理のサービスの有効性を理解してもらう、親に働きかけ子供達を説得してもらう。それぞれが在住する地域の郵便局間で支社の枠を超えて情報交換し、連携して営業に取り組めば最も効果的だろう。そのような体制が全国的に組めるかがポイントではないか。

また、広域化して住民サービスに手が回らない自治体のニーズを掴むことも重要だ。厚生労働省によると、認知症の高齢者は2025年には700万人に達し五人に一人の割合になるという。認知症も含めた高齢者を見守り的確に管理して生活支援をする必要があっても行政の効率化の命題もあり、関係の職員を増やすわけにもいかない。自治体財政が厳しい状況も踏まえコストパフォーマンスの観点からも地域に密着し信頼性も高い郵便局の利用は理に適っている。従来から自治体との関係が深い郵便局の人脈も有効に機能するだろう。

日本郵政グループにとって何よりも大きなメリットは、高齢者支援事業・サービスがニーズを掴んで定着し、業績を上げるようになると、経営の改善に多大の貢献をすると考えられることだ。収益面での貢献はもちろんだが、全国に24,000も展開する郵便局ネットワークの維持が多大のコストを要求し経営面を圧迫している現状の改善に資することだ。

営業エリアにわずか数百世帯しかなくても郵便局を勝手に廃止することはできず、郵便局には局長という管理職が必ず配置される。このネットワークの効率化策は種々提起されているが、どれも功を奏さず、実施も難しい。郵便や金融、物販という主力事業において収益がそれほど見込めなくても、高齢者支援事業で少しでも稼げれば、過疎地の郵便局の維持コストに充当でき、郵便局毎の収支改善に寄与することができるのではないか。

問題は従来から取り組んできた地域貢献策としての高齢者への声掛けや見守りと有料のサービスとして提供する高齢者支援事業との明確な区別だ。サービスが広範囲で付加価値の高い高齢者支援事業が有料であることについては高齢者などの納得は得られようが、郵便局社員が割り切って営業ができるかは大事なポイントだ。社員の意識変革も問われていると思う。

日本郵政グループが主導するこの事業がこれから超高齢社会に突入するわが国の生活インフラやライフラインとなることを期待したい。

(2016年12月14日 掲載)

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