貯蓄経済研究

日本郵政グループの新規親子同時上場は成功するか

日本郵政は、西室社長が記者会見で、2015年秋以降、ゆうちょ銀行、かんぽ生命とともに親子同時上場を目指すと発表した。親会社と子会社を同時に新規上場する例は珍しいが、ゆうちょ銀行とかんぽ生命は、改正郵政民営化法により、株式の半分以上を売却すれば、新規商品の販売が認可から届出に緩和される仕組みになっていることもあり、同時上場が決断されたのであろう。2013年5月、環太平洋経済連携協定(TPP)の協議過程で、米国から、傘下のゆうちょ銀行とかんぽ生命が日本郵政の完全子会社のままでは日本郵政を通じた政府の関与を否定できないことから、市場において民間企業との対等な競争関係を構築できないとして、新たなサービス・商品の開発・販売は認めるべきではないとの趣旨の指摘があったことも脳裏を掠めたのかもしれない。

日本郵政グループにとって、稼ぎ頭であるゆうちょ銀行やかんぽ生命が、市場において民間企業と対等に競争していくためには、悲願の住宅ローンの取り扱いやがん保険の販売など新規サービス・商品の開発・販売は不可欠だ。2013年度のグループ連結決算上の純利益4,790億円のうち、87.3%はこの2社で稼ぎ出している。2社がいつまでも日本郵政の完全子会社のままであれば、米国から経済貿易関係の交渉の度に上述のような指摘を受ける可能性があるだけではなく、暗黙の政府保証や政府の実質的支配との言われなき批判を業界から受け、新規サービス・商品の開発・販売は遠のくこととなる。親子新規上場は、これらの批判をかわし、グループ全体の業績向上と継続的発展のために起死回生の方策ということなのだろう。

親会社と子会社が同時に上場している例はいくつもある。例えば、NTTグループの日本電信電話株式会社とNTTドコモ、ソフトバンクとヤフー、パナソニックとパナソニック電工などだ。わが国では、親子同時上場は、株式の持ち合いなど特有のグループ経営戦略の中で普通に行われてきたが、欧米では敵対的な買収や少数株主による訴訟リスクから基本的には行われていないようだ。東京証券取引所に上場している会社の一割程度は上場している親会社を持つという。子会社上場のメリットとしては、子会社側に独自の資金調達方法や知名度の獲得、従業員のモチベーション向上などが考えられるが、親会社にとっても、株式売却による資金の獲得、グループ管理コストの減少、上場会社役員ポストの確保などが挙げられる。しかし、親会社が子会社の株式を過半数掌握すれば、株主総会の決定権をすべて握れることから、グループ利益を優先する方針を取った場合、子会社の少数株主は不利益を被るケースが生じうるというデメリットがある。また、親会社の株主にとっても、親会社が子会社を指示通り動かすためには、子会社の株主総会や取締役会の決議を経る必要があり、意思決定に時間が掛かり経営のスピードが落ちる一方、子会社がどれだけ業績好調でも連結業績には持ち分に応じた金額しか計上できない。以前はこのメリット部分を重視して親子上場が一般化していたが、今世紀に入ったころから、連結経営を重視する方針が企業に定着し始め、親子上場を解消する動きが活発化してきた。例えば、ソニーは1999年にソニーケミカルなど三社を完全子会社化したが、他方、東芝は2004年、東芝タンガロイをMBO(経営陣による買収)で独立させている。また、2005年、ライブドアがニッポン放送株の取得を通じて、その当時ニッポン放送が筆頭株主であったフジテレビの経営に関与しようとした事例があったが、このような敵対的買収の防衛策として親子上場の解消も進んでいる。この事例はニッポン放送の株式がフジテレビの株式より低価という親子逆転の事情があったことから生じた事態だが、解消はこのような事態を回避しようという意図もあったようだ。

東証はこのような経済界の動きを踏まえ、親子上場について、少数株主の利益が阻害されるなどのデメリットを重視し、寛容から抑制へスタンスを変更した。2007年には、子会社上場について、以下のような場合には慎重に判断する旨公表している。

  1. 事業の目的、内容、エリアなどの事業ドメインが酷似
  2. 親会社グループのビジネスモデルにおける役割が極めて重大
  3. 親会社グループの収益、経営資源の概ね半分を超越

さらに、金融庁の金融審議会金融分科会は、2009年、子会社上場の場合の親会社と子会社少数株主との利益相反関係などを挙げて必ずしも望ましいとは言えないとの指摘があることを踏まえ、少数株主の利益の十分な保護のために子会社に社外取締役・社外監査役の選任を求めるなど実効性のあるルールの整備を検討すべきと提言している。

以上のように、親子同時上場は現在も存在しているとはいえ、現時点の傾向は解消なり、抑制する方向が大勢だ。このような状況の中で、日本郵政グループは親子同時上場を推進する方針だが、上述の東証の親子同時上場の場合の基準に照らせば、日本郵政グループにおけるゆうちょ銀行やかんぽ生命の役割の重大性、連結利益の中に占める割合などから見て、この基準の②や③に抵触する恐れはないだろうか。

また、新規上場の場合の株式時価総額は、日本郵政だけでも、三大メガバンクの株価純資産倍率(PBR)平均0.72(2014年12月30日現在)を適用すると、2013年度決算の純資産が13.39兆円であることから、株式の時価総額は9.6兆円となる。同様のPBRをゆうちょ銀行にも当てはめると、時価総額は8.3兆円となる。かんぽ生命は第一生命のPBR0.8(2014年12月30日現在)を適用すると1.2兆円となり、親子三社の株式時価総額は19兆円程度と見込まれる。成熟した上に規制された事業である日本郵政グループの今後の成長に投資家がどれだけ期待を持てるか予想できないところもある上、東証一部の上場株式時価総額約505兆円(2014年11月末現在)から見てもこれだけ大規模な時価総額を一度に受け入れる余力はないものと想定され、親子の売り出し株式総数は当初相当圧縮されたものになると考えられる。報道によると、当面一割程度の1-2兆円程度と見込まれているようだ。

このように、日本郵政グループの親子同時上場には関門も考えられるが、改正郵政民営化法により、日本郵政が保有する金融2社の株式は、その全部を処分することを目指し、金融2社の経営状況とユニバーサルサービスの責務履行への影響等を勘案して、できる限り早期に処分するものとされている。今回の親子同時上場は政府関係当局等との十分な事前調整を経て経営判断がなされたものと考えられるので、2015年中の上場準備が如何に円滑になされるか、注視していきたい。

いずれにしても、2014年2月に策定された日本郵政の中期経営計画が2015年3月の改定で投資家の期待をさらに高める企業戦略と業績予想を提示できるかが、親子同時上場成功の成否を握ることになるのは間違いあるまい。

また、政府が保有する日本郵政株式の売却収入は東日本大震災の復興財源に充てられることとなっているが、日本郵政はゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式売却で得た資金を自社株式の購入に充当する考えを示しており、これはその株式価値の向上に資するのみならず、財源確保の強化を通じて震災復興を後押しする重要な役割を果たすことになろう。

参考文献

  1. 大和総研コンサルティングレポート「見直しが進む親子上場」
    経営戦略研究所 藤島裕三 2009年10月28日
  2. ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー
    「財務諸表で読み解く日本郵政上場と新規事業進出の意味」
    慶應義塾大学ビジネススクール教授 太田康広 2012年11月5日

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