貯蓄経済研究

第24回参議院選挙における主要政党の経済財政政策を考える

第24回参議院選挙は6月22日に公示され、7月10日投開票となった。焦点は与党が憲法改正を発議できる三分の二の多数を獲得するかどうか、経済再生とデフレ脱却を目指して四年にわたり与党が取り組んできたアベノミクスの成果を評価し今後も継続すべきかの二点に集約できるといっても過言ではない。全く意味合いの違う二つの焦点は一方を肯定して一票を投ずれば結果的にもう一方も肯定することに繋がる。与党の経済財政政策であるアベノミクスを評価すれば与党への投票行動につながり、結果として与党に三分の二の勢力を与えることになるからだ。

例えば、 憲法改正は時期尚早と考えていても、経済を成長軌道に乗せて賃金を上げ暮らしを豊かにしてほしいと願い、アベノミクスがこれまで少しずつでもこれを推進してきたと実感する人は、野党に見るべき具体的経済政策が見当たらなければ暮らしの改善を期待できず、与党に投票するか棄権する。選挙には必ず複数の争点があり、どの争点を重視するかで投票行動が決まる可能性が高い。極端に言えば、最も重視した争点以外のすべての争点で意見が異なる政党の候補者に最終的に一票を投ずることがありうるということだ。その後の国政の行く末にこんなはずではなかったと痛感する国民が多く出れば出るほど、その国の将来は混乱し危機に瀕するといえないだろうか。

英国のEU離脱を問う国民投票の結果は興味深いものとなった。選挙と違い、国民投票は争点が一つしかなく非常に分かりやすい。結果を見てこんなはずではなかったと痛感する国民が出る可能性は理論的には無いはずだ。

だが、大方の予想に反して離脱派が勝利した後、こんなはずではなかったとの声が溢れ、国民投票のやり直しを求める署名が400万を超える勢いだという。原因はひとえに国民が一時的感情に左右され、熟慮を怠り、離脱派の政治主導者が甘言を弄して国民を惑わしたことにあるのではないだろうか。「誇り高き大英帝国がEUに縛られて独自の政策が打てないのは情けない」、「EUに拠出している資金を国内施策に回せば手厚い医療などの社会保障が受けられるはずだ」、「移動の自由で移民が大量流入しイギリス人が職を奪われ悲惨な暮らしを強いられるのはおかしい」など。

グローバル化が急速に進む世界にあって、連帯と共存を廃して孤立の道を選択すれば国の発展は望めず、若者にとっては将来の可能性を閉ざす事態を招聘することは明らかだ。争点が明快な国民投票でもこの有様だ。多数の争点を掲げて複数の政党が闘う選挙で、有権者が参政権を行使し、その後の政治の行く末に満足することが如何に難しいか、改めて認識させられた。政治、経済、外交など争点ごとに有権者が投票し、争点ごとの票の獲得割合に応じて議席を割り振る選挙制度にすれば、より的確に有権者の意思を国政に反映できると思うが、如何だろうか。

今回の参議院選挙での争点も多岐に渡っている。そのうち、経済財政政策に関し、主要な政党の主な公約を見てみよう。

Ⅰ 自民党
  1. 経済再生とデフレ脱却のためにアベノミクスのエンジンをもう一度力強く回す。
  2. 成長と分配の好循環を確立し、国内総生産(GDP)を名目で600兆円、2020年訪日外国人観光客4000万人を目指す。
  3. 消費税10%への引き上げは2019年10月に先送りし、軽減税率も引き上げ時に導入する。
  4. 基礎的財政収支(PB)は2020年度までに黒字化するという目標は堅持する。
  5. 消費税増税までの間、赤字国債に頼らず安定財源を確保して可能な限り社会保障を充実する。
Ⅱ 公明党
  1. 消費マインドの転換を図るため、プレミアム付商品券の発行を検討する。
  2. 消費税10%への引き上げは2019年10月に先送りし、軽減税率も引き上げ時に導入。中小企業のレジやシステム対応に支援策を講じる。
  3. 子育て支援、年金などの社会保障の充実は赤字国債に頼らず、経済政策による果実の活用を含め財源を確保し、可能な限り実現を目指す。
  4. 財政健全化目標は堅持する。
Ⅲ 民進党
  1. アベノミクスは失敗。分配と成長の確立が必要。潜在能力を引き出すため、人への投資、働き方革命、成長戦略を実行する。
  2. 消費税再増税を2019年4月まで先送りし、行財政改革と身を切る改革を徹底する。
  3. 年金・医療・介護の充実と子育て支援は2017年4月から実施する。
  4. 基礎的財政収支の2020年度黒字化目標は堅持し、日銀のマイナス金利政策は撤回させる。
  5. 高所得者の所得税率を引き上げ、資産税の累進性を見直し、大企業と富裕層に公正で応分の税負担を求める。
Ⅳ 共産党
  1. アベノミクスと消費税増税路線は破綻。消費税10%への増税は断念すべき。富裕層と大企業への優遇税制をやめ、応分の負担を求める。所得税・住民税、相続税の最高税率を引き下げ前に戻す。資産課税として富裕税を創設し、税金は社会保障や子育て、若者に優先して使用する。税逃れは徹底的に追及する。
  2. 大企業の内部留保を一部使うだけで大幅な賃上げと安定雇用が実現可能となる。労働法制や規制緩和を根本的に見直す。
Ⅴ おおさか維新の会
  1. 身を切る改革がなされていないことや景気の現状に鑑み、消費税の10%への増税は凍結。軽減税率ではなく給付付き税額控除を実現。
  2. 財政責任法の制定により国の債務残高減少など財政運営の基本方針を定める。
  3. 減反廃止によるコメの輸出、農地法改正による株式会社の土地所有の全面解禁、2025年大阪万博の招致、空港の民営化推進などを促進する。

消費税増税は、元々、子育て支援や弱者救済などの社会保障に充当することとなっていた。自民・公明の与党は二年半の先送りを表明し、民進党は二年間先送り、共産党は断念、おおさか維新の会も凍結と、各党とも来年4月からの増税を回避した。

その代替財源について、自民党は赤字国債に頼らないことは明言したが、明確な財源は示すことが出来ず、公明党はアベノミクス効果で増大する税収を当てるという。これが安定財源と言えるかは疑問の余地が残る。一方、民進党や共産党は富裕層や大企業への課税強化を打ち出し新たに資産課税を創設するなどして、代替財源にするつもりのようだ。ただ、岡田民進党代表は代替財源としては赤字国債に頼らざるを得ないと発言しており、財政再建への配慮に欠ける面があることは否めない。おおさか維新の会は身を切る改革で歳出削減を行い代替財源とするつもりで、唯一財源を歳入増ではなく歳出抑制に求めていると言える。

財政再建については、与党は2020年度までに基礎的財政収支の黒字化目標を堅持するというだけで達成するとは言っていない。そもそも消費税増税が前提だった目標だけにそれを二年半も延期してどうやって達成するのか、極めて難しいと思う。この目標はフローの数値なので、極端に言えば2020年度だけ黒字化すれば達成できることになることから、目標を撤回しないのではないだろうか。民進党もこの目標を守るというのみで具体的計画は提示していない。おおさか維新の会のみがフローのみならずストックである債務残高減少に言及し、財政責任法を制定し基本方針を策定と言っている。だが、具体的な残高の減少方策については見当たらない。共産党は債務残高について言及がないようだ。

いずれにしても、先進国中最悪の一千兆円を超える国の債務残高をどのように減らしていくのかについてどの政党も選挙公約で明確な方策を示していないという現状を異常と感じないのであれば、政党はもちろん国民もメディアも正常とは言えないのではないだろうか。まして今回は選挙権が18歳まで引き下げられ、若い世代に有権者が拡大する初めての選挙だ。国の膨大な借金の弁済を負担させられ将来に不安を抱く若い世代に少しでも安心感を与えるため財政再建の具体的かつ詳細な工程表の提示は必要不可欠だったのではないか。

政党の経済財政政策に関する公約の適否や是非を考える上で、大いに参考にすべきと思われる審査がある。国際通貨基金(IMF)の年一回の対日経済審査だ。利害関係にとらわれない国際機関の客観的な評価だけに信頼性は高いと思う。6月20日、今年の審査を終了して声明を発表したが、そのポイントは次のとおりである。

  1. 消費税の10%への増税について、安倍政権の二年半先送りには理解を示したものの、一度に2%の引き上げでなく、毎年0.5%か1%ずつ小刻みに引き上げる方式を直ちに導入し、最終的に15%以上への引き上げを提言。
  2. 日銀のインフレターゲット2%の2017年度中の達成は困難とし、金融政策の信頼性を高めるためにも期限を撤廃して柔軟に取り組むことをアドバイス。
  3. 日本の景気回復は失速したと懸念を表明し、労働市場改革や賃上げ促進政策の推進を強く促し、これらを含めた構造改革を伴わないまま財政出動や金融政策へ過度に依存することに警鐘。
  4. 経済成長率目標(名目3%)や基礎的財政収支黒字化目標(2020年度達成)のいずれも達成は困難とし、消費税増税時期を政権の裁量で変更してきたことが政策の不透明性を増大したと批判。
  5. 財政運営では、楽観的な成長見通しを排し、歳出削減などを進めるように要請。年明けからの円高は経済のファンダメンタルズと整合的だと指摘。

いずれも、至極妥当な指摘だと思うが、どうだろうか。 

7月10日の投票日には、国民の熟慮を経た賢明な審判が下されることを期待したい。

(2016年7月6日 掲載)

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